【鬼姫山回峰行】第3回竹寺

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部(通称・鬼姫狂)代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

鬼姫山回峰行の第3回は竹寺です。

鬼姫山回峰行とは、武州鬼姫信仰の根本聖地である秩父鬼姫山の比定地とされる秩父山地の整備された登山道を踏破し、足腰を鍛え、己と向き合い、鬼姫山三神と心を一体化させ、神秘の験力を授かることを目的とする実践修行法です。

鬼姫山回峰行の3回目として、今まで一度も行ったことのなかった飯能市の山の中にあるお寺、竹寺に行ってきました。

鬼姫山回峰行の本義としては、実際に自分の足で山歩きをする登山なのですが、あいにく天気が悪く、いつ雨が降ってもおかしくなさそうな雲行きでしたので、自家用車で行ける場所にしようと思い、竹寺を選びました。

なので、山頂の踏破でもないので、番外編的な位置づけになります。

竹寺は、天台宗医王山薬寿院八王寺といい、牛頭天王を祀る神仏習合の古刹で、東国霊場としてゆうに1000年以上の歴史があるところだそうです。
境内の竹林と精進料理として提供される竹の子料理が有名で、そこから竹寺と呼ばれるのだとか。

県道名栗線から林道に入った奥の方にあるため、すれ違い出来ないような走りにくい細い道だと嫌だなと、長らく行かずにいました。

鬼姫山回峰行としては、どこか別の山に登ることを考えていましたが、天気のことを考えると山歩きはやめた方がいいので、午前中にささっと帰れることを重視し、竹寺へのドライブということに。

自家用車での山中運転も、それはそれで山歩きとは違う緊張感が要求されます。
安全に目的地に到達し、安全に家に帰るという点では同じなので、状況判断力が試されます。
そういう意味では、これもひとつの修行であり、鬼姫山回峰行に組み入れてもいいでしょう。

さて、山行きです。

自宅を自家用車で出発し、入間川を越えて広瀬からひたすらまっすぐ飯能方面に向かい、飯能河原から県道名栗線に入り、まっすぐ山の方に行きます。
途中、原市場の手前あたりで県道の分岐があり、「竹寺」という看板があるので、矢印に向かってまっすぐ分岐の県道を進みます。
途中、「竹寺」「子の権現」と書かれた林道の分岐があるので、「竹寺」の方に向かいます。
すれ違いが難しい細い道となるので、心細いですが、対向車が来ないように祈りつつ進むと、竹寺の入り口が見えてきます。

奥が駐車場になっているので、そこに車を停めました。

ちなみに、今回は一眼レフでの写真撮影です。
コンパクトカメラよりもきれいに撮れていると思います。

県道の途中までは路線バスが来ているようですが、そこから歩くだけでもかなりの距離になるので、ここは自家用車で行きたい場所ですね。

駐車場から進むと鳥居があります。
神仏習合ですね。

鳥居の先にお地蔵さんがあります。
神仏習合ですね。

境内案内図。
実物より絵の方が立派かも。

お堂。
中には色々生活用品的なものが突っ込まれていて、写真の画面外は見ないほうがいいです。

池にお地蔵さん。

大きな灯篭。

牛頭天王像。

観音堂。

本堂前の広場。

神木。

ちょっとしたお土産のようなものが売っています。

竹で組んだ鳥居があり、本殿への参道が続きます。

稲荷神社があります。
石段がきつくて滑って危ないので、ここからは登らず。

社殿手前の鳥居。
もはや、寺よりも神社の趣が強いですね。

社殿。
写真が左に寄っているのは、右に木の枝の剪定作業中の人がいたから。
狛犬の頭や足下に枝葉が散らばっています。
狛犬の頭に枝葉が乗っているのはわざとでしょうね。

由緒書き。

社殿の奥に、子の権現へ続く山道がありましたが、今回は子の権現にはいかないので進まず。
子の権現は小学校4年生の遠足で行きましたが、鬼姫山回峰行第4回あたりで国道299側から徒歩行をやろうと思います。

子の権現に向かう山道の高台から。

高台から先述の稲荷神社に抜ける道があり、途中に謎の祠が。

稲荷神社。

空を見上げると、いい感じにもやがかかっていました。
スピリチュアルですね。

周りは深い森なので、眺望は開けていません。
空気が澄んでいれば、都心のビルまで見えるそうです。

これも鬼姫山回峰行の一環なので、「南無御聖大鬼神童女 南無本地観世音菩薩 南無本地大勢至菩薩」と神名号復唱をし、「オンオニコロヤーハナヒラリンリンソワカ オンワンコロヤーキバキバソワカ オンカラコロヤートビトビソワカ」と真言復唱をしました。

竹寺参拝を終えて、駐車場に戻ります。
来た道を戻るのもつまらないので、裏の竹林を抜けて下りました。

竹寺という異名は納得です。

竹林の小道を抜けると、舗装道路に出ました。
駐車場に向かうと崖沿いに行けるところがあり、行ってみると謎の墓石群がありました。
歴代住職の墓でしょうね。

今回は自家用車での山行きなので、徒歩に比べたら楽勝かもしれません。
しかし、山の道路というのは、自動車用に舗装されていても、すれ違い困難な狭いところが多いので、それはそれで技量が問われます。

山道って狭いくせにガードレールのないところも多いので、舐めてかかれば車ごと落っこちて死にます。

改めて見てみると、ぞっとします。
結構とんでもないところに来たなという感じです。

ガードレール越しに崖っぷちの写真を撮った後、駐車場に戻り、帰路につきました。

帰り道、県道沿いでいい感じのところがあったので、停車して撮影。

県道と林道の分岐のところで、謎のお宮があったので、停車して撮影。

何神社かもわかりません。
こういう、由来のよくわからない神社こそが、国家神道化以前の古来からの地元の神様であるのかもしれません。
守り神かもしれないし、祟り神かもしれません。

追記、グーグルマップで出ました。
山神社だそうです。
https://goo.gl/maps/zmQZDnuYCHFB9rBh6

山の中だから、山に神社。
こうなると、いかにも土着神の雰囲気ですね。

お宮の脇の川沿いに、謎の板碑がありました。
埼玉県立歴史民俗博物館の説明によれば、埼玉県は、板碑大国だそうです。
かなり風化していて、なんと書かれているのかはよくわかりませんが、「〇〇講」という字があるので、竹寺及び子の権現参拝に関わる板碑でしょう。

川向こうの山林がいい感じ。
異界です。

お宮、板碑の周辺はちょっとした集落になっています。
里山の感じがいいので撮影。

こういう、山の中にポツンとある集落は、ドライブ途中で見かけると風情があって好きなのですが、「なぜこんな人里離れた山奥に小さな集落があるのか」と、いつも思います。
数軒の集落ならともかく、切り立った山肌にポツンと一軒家があるところとか。

忍者の子孫というならかっこいいですが。

停車して写真を撮っているうちに雨が降ってきたので、車に乗り込んで家に帰りました。

埼玉県って、ダサイタマと全国的に馬鹿にされがちで、何もない県のように言われていますけど、宗教学・民俗学・歴史学的な視点で見ると、興味深いものはたくさんあります。

そして、確かに実在する遺物であっても、実際のところなんだかよくわかっていないものも多いようです。

なので、長らく失伝し、まったく痕跡の残っていない武州鬼姫信仰が、もしかしたら本当にあったものなのかもしれない、と思わせるのです。

今は妖賊のいない平和な時代だから、お凜様も姿を現さないだけで。

この秩父山地のどこかに、鬼姫山はきっとあるのです。

【鬼姫山回峰行】第2回 日和田山

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部(通称・鬼姫狂)代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

鬼姫山回峰行の第2回は、日和田山です。

鬼姫山回峰行とは、武州鬼姫信仰の根本聖地である秩父鬼姫山の比定地とされる秩父山地の整備された登山道を踏破し、足腰を鍛え、己と向き合い、鬼姫山三神と心を一体化し、神秘の験力を授かることを目的とする実践修行法です。

その鬼姫山回峰行として、6月23日に日高市の日和田山に登りました。

日和田山は、私が小学校三年生の遠足で登ったことのある山で、初心者でもそこまで難しくないところです。
登山経験の多くない私にとっては、ちょうどいい里山となります。

市販されている山歩きガイドでは、日和田山から縦走路を通って物見山を経由し、北向地蔵、五常の滝を見て武蔵横手駅に下りる3時間45分の行程が紹介されています。
しかし、午前中だけでささっと帰れるようにしたかったので、今回は見栄を張らず、日和田山の踏破だけに絞り込みました。

女子高生が山登りをする萌え漫画「ヤマノススメ」では、原作9巻において、主人公あおいとひなたが初詣で初日の出を見るために登る山として紹介されています。
近隣出身者としては、小学校の遠足で登る山が9巻で登場するというのに違和感がありますが(しかも、飯能で生まれ育ったあおいたちが日和田山を知らないっぽい演出。同じ巻では先に滋賀!の伊吹山と群馬の荒船山に行っている)、「ヤマノススメ」の聖地巡礼報告ではないので、これ以上のツッコミは野暮になるのでしません。

さて、日和田山ですが、小学校の遠足で登る山とはいえ、本来的には由緒正しい山岳信仰の場です。
日和田山の山中には金比羅神社があり、登山道はそのまま神社の参道になっています。
資料などを読み込んだことはないので、その由緒はわかりませんが、金比羅神社となっている以上、四国は香川県仲多度郡琴平町にある金刀比羅宮から勧請されたものであるのは確実でしょう。
ただ、金刀比羅神社となったのは後付けの可能性もあり、その祭神は、金刀比羅宮の大物主神ではない古来からの地元の神であることも考えられます。
(琴平町の金刀比羅宮自体、古来からの姿はとどめておらず、明治の国家神道化に合わせて大物主神と崇徳天皇が祀られたようです)
このような背景があるので、日和田山は、もともとは一般人が気楽に登れるような場所ではない、山伏だけが登ることのできる神聖な霊場であったことがうかがえます。
つまり、低山と舐めてかかれば、山の神に命を取られます。

では、山行きです。

自宅から自家用車で出発し、入間川を越えて智光山公園を過ぎ、高萩、女影を抜けて県道川越日高線に入り、日高陸橋を通って巾着田まで行くと、片道20分~30分くらいで日和田山の麓につきます。
麓の有料駐車場(1日300円)に車を停めて、山行きを始めました。

写真撮影のためにせっかく一眼レフを持って行ったのに、なんと充電を忘れるという失敗をやらかしたので、予備のコンパクトカメラで押し通しました。

日和田山登山口。
もう小学校の遠足の記憶はほとんどないので、ほぼ新鮮な気持ちでの踏破となります。

駐車場からちょっと行った公衆便所の前に謎の石仏。

この石仏から2分くらい歩いたところで、汗拭きタオルを忘れたことに気付き、一度駐車場に戻りました。
二度手間過ぎる。

勾配のきつめな土の道を10分くらい歩き続けると、金比羅神社の一の鳥居が見えました。
ここは神域です。
山に登るという行為は、本来は信仰のためのものです。
昨今は、レジャー登山、スポーツ登山の側面ばかりが取り上げられますが、歴史のある山は、大抵は霊場となっています。
山に対する宗教的な側面を忘れてはいけません。

一の鳥居の奥で、男坂と女坂に分かれます。
男坂は、近道だが急峻な岩場となります。
女坂は、遠回りだが緩やかな土の道となります。
山岳信仰の山道では、このような二択をあえて作っているところが多いそうです。

とりあえず、最初は男坂に向かってみました。

男坂の岩場の入り口に謎の祠と水場がありました。
おそらく、岩場登りの前に手を清め、祠に無事を祈願したものと考えられます。

写真だとわかりにくいですが、石段が急勾配で、足の置き場がかなり不安定で、しかも雨上がりで滑りやすくなっていました。
トレッキングシューズは履いていましたが、やはり恐怖感があり、この写真の石段が切れている先あたりで引き返しました。
この先はもっと険しい感じでした。

無理して先に進み、引き返すにも怖くて引き返せない、登るのも怖い、という立ち往生が一番救いようがないです。
なので、「俺は男だ!」なんて昭和の少年漫画のような見栄は張らず、引き返すのが正解でしょう。

わりと高齢の登山サークルのような方々が後から来たので道を譲り、私は撤退です。
彼らはスイスイと登っていきましたが、リュックからして本格的なものだったので、かなり慣れている「ガチ山勢」と思われます。
私は寺社巡り経験は長いですが、ガチな修験者ではないので、無用な岩場登りは避けたいです。

逃げではありません、戦略的撤退です。
危険回避能力を試されているのです。

女坂を進むと、こんな感じ。
それでも、雨上がりで滑りやすかったので、ちょっとした岩場などは何度もズルっといって怖かったです。
女坂でも、舐めたら滑落して死にます。

女坂を登り切ると、二の鳥居がありました。
二の鳥居の真下が男坂の岩場の出口となっています。

写真だとわかりにくいけど、これが男坂の出口です。
上からだと崖にしか見えません。
下を覗くとおしっこ出そうになりました。
女坂で正解です。

「ヤマノススメ」では、初日の出を見るために夜明け前にここまで登っており、初日の出を拝みに来た人でごった返している描写がありますが、実際にそれをやる地元民っているのでしょうか。
人がごった返すほど平坦な足場がないですし、周りは手すりもない急斜面です。
電設されてる様子もないし、女坂でも夜明け前ではめちゃくちゃ怖いと思います。
日高市民飯能市民ではないので、その辺はよくわかりません。

鳥居の先はすぐ岩場で、金比羅神社の社殿がありました。

この社殿の裏で、日和田山頂と物見山との分かれ道がありました。
今回は日和田山の踏破が目的なので、日和田山頂を目指します。

滑りやすい山道を何とか越えると、遂に山頂が見えました。

山頂には、ここが山岳信仰の場であることを物語る石塔がありました。

小学校3年生で登った山ですが、改めて単独で登ってみると、思っている以上にきつかったです。
汗だらだら、暑さと疲れで体はヒーヒー言ってます。

日和田山からの日高市街地の眺望。
これぞ、神の視点。

鬼姫山回峰行は、鬼姫山三神と心を一体化し、神秘の験力を授かることが目的です。

ひたすらに、「南無御聖大鬼神童女 南無本地観世音菩薩 南無本地大勢至菩薩」と神名号復唱をし、「オンオニコロヤーハナヒラリンリンソワカ オンワンコロヤーキバキバソワカ オンカラコロヤートビトビソワカ」と真言復唱をしました。

山に登った以上、下りなければなりません。

まっすぐ女坂を下りていき、駐車場に戻って帰宅しました。
無論、何度か滑りそうになって怖い場面があったのは言うまでもありません。

低山とはいえ、そこは神域です。
山は異界であり、本来はおいそれと人の入り込むところではありません。
安易な気持ちで山に入れば、死にます。
現在は観光解放されている山でも、元来は寺社領であり禁足地とされていたところは多いのです。

なので、山に登るとはどういうことなのか、どんな歴史的背景があるのかということを踏まえないまま、レジャーやスポーツの側面だけで山を語る風潮には疑問があります。

武州鬼姫信仰においても、秩父山地を足で踏破する「登拝」は、あくまでも非日常的な「修行」です。
日常的には、平地から秩父山地を眺めて想いをはせる「遥拝」が重視されます。

地元狭山市が飯能日高の山間部から離れているというのもありますが(車だと近いが、歩くとめちゃくちゃ遠い)、それだけに、山に登るというのは、非日常的な特別な行為なのです。

だからこそ、秩父山地に足を踏み入れるというのは、それ自体が神聖なものなのです。

【鬼姫山回峰行】第1回 天覧山多峯主山

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部(通称・鬼姫狂)代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

鬼姫山回峰行の第1回、天覧山多峯主山について書きます。

鬼姫山回峰行とは、武州鬼姫信仰の根本聖地である秩父鬼姫山の比定地とされる秩父山地を踏破し、足腰を鍛え、己と向き合い、鬼姫山三神と心を一体化させ、神秘の験力を授かることを目的とする鬼姫狂の実践修行法です。

その鬼姫山回峰行の第1回として、6月10日に、飯能市の天覧山及び多峯主山に登りました。

天覧山と多峯主山は、飯能の山の中では最も市街地に近く、かつお散歩気分でも気軽に登れる身近な里山であり、初級者向けの山として人気があります。

特に天覧山は短時間で往復できるのもあり、日頃の運動不足解消のために登る近隣住民は少なくありません。
女子高生が山登りをする萌え漫画「ヤマノススメ」でも、天覧山は、飯能在住の主人公あおいとひなたが一番最初に登る山として紹介されています。

今回の鬼姫山回峰行は、天覧山の奥に位置する多峯主山の踏破を目的としており、天覧山そのものは通過点としています。
何故なら、天覧山は過去に一度登っているからです。
それならば、未踏破の多峯主山を目指したほうがいいでしょう。

さて、鬼姫山回峰行をやろうと思い立ち、自宅から車に乗って20分~30分、飯能中央公園に到着しました。

飯能中央公園から天覧山の登山口に向かうと、公園の角にジャングルジムがあります。
このジャングルジムは、「ヤマノススメ」の主人公あおいが幼い頃に落ちて高所恐怖症になったきっかけとなるところでして、「ヤマノススメ」では最重要なものでしょう。
しかし、飯能市では「ヤマノススメ」聖地化キャンペーンを半ば諦めているのか、ジャングルジムの保存を考えていないようで、別のものに建て替えられていました。

もともとのジャングルジムは、一般的な四角いやつでして、以前天覧山に登りに行ったときには四角いやつのままでした。
いつ変わったんでしょうね。

ジャングルジムから道を挟んで天覧山の登山口に行くと、その入り口にコンビニがあるはずでした。
このコンビニは、「ヤマノススメ」の登山手帳が置いてあることで有名なところでした。
もちろん、以前天覧山に登った時にはコンビニは営業していて、店の半分が「ヤマノススメ」コーナーになっていました。
しかし、今ではこのコンビニは潰れており、空き物件になっていました。

軽く諸行無常の感を覚えつつ、山に入り、天覧山を超えて多峯主山の山道に進みました。

このように、そこまできつくない山道が続きます。
とはいえ、天覧山を越えた時点ですでに汗だらだらになっています。

道の途中、雨乞池というものがありました。

謎の石仏がありました。
こういう、由来のよくわからない石仏や祠が好きです。
ここから、明確に教義化されていない民俗信仰に興味を持つようになりました。

多峯主山山頂。
ここにも祠があり、花が供えられていました。
神仏や宗教を信じるというとバカにする人も多い現代日本ですが、こういうのを見ると、目に見えない何かへの想いを抱く人が少なからずいるというのがわかります。

飯能市街を一望。

まさに、武州の民を見守るお凜様、牙吉さん、飛丸さんの視点。
そう、神の視点です。
これこそ、鬼姫山回峰行の目指す境地、鬼姫山三神との心の一体化です。

景色はきれいですが、暑さと疲れで体はヒーヒーいってます。

山に登ったからには、下りる必要があります。
しばらく山頂で休憩した後、下山を始めました。

登山道で見つけたとかげ。
こういう経験が大事。

山の中腹にある御嶽八幡神社。

こういう山林を所有し、山城のセットを建てて時代劇を撮るのが夢。
埼玉県内では難しくても、地方なら山林の私有化は不可能じゃない。

鬼姫山三神に「鬼神童女遊侠伝」シリーズの成功を祈願するべく、ただひたすらに、心の中で「南無御聖大鬼神童女 南無本地観世音菩薩 南無本地大勢至菩薩」と神名号を復唱し、「オンオニコロヤーハナヒラリンリンソワカ オンワンコロヤーキバキバソワカ オンカラコロヤートビトビソワカ」と真言を復唱し、山道を進みました。

下山では、天覧山を経由しないでそのまま麓の道に出ました。

ちょうど能仁寺の墓地の脇に出たので、能仁寺に参拝しました。

この能仁寺は、明治維新の戊辰戦争の折、旧幕府軍の陣地となったそう。
「飯能戦争」として狭山市笹井一帯まで、新政府軍と旧幕府軍の短時間とはいえ激しい戦いがあったとか。
郷土史というのは局地的すぎて公教育の教科書には載らないので、はっきりいって知らないことばかりです。
時代劇版「鬼神童女遊侠伝」シリーズの大成のために、武州入間地方及び秩父地方の歴史には関心が強いので、郷土史研究はライフワークになるかもしれません。

能仁寺の参拝のついでに、飯能中央公園を挟んで向こうの入間川沿いにある飯能恵比寿神社と観音寺に寄りました。

ここは、「ヤマノススメ」で、あおいとひなたの学校帰りの寄り道スポットとして頻繁に出てきます。

このゾウさん、県道名栗線沿いにあって、名栗にドライブに行くたびに「なんだろう」と思っていましたが、目立つからでしょう、「ヤマノススメ」であおいとひなたの寄り道場所になりました。
少なくとも、「ヤマノススメ」を見たアニメオタクの間では有名になっているはずです。
けれども、実際に行ってみても、このゾウの像の由来については、まったく説明書きがありませんでした。

「ヤマノススメ」の名残として、絵馬が掛けられていました。
ただ、お寺の境内には「ヤマノススメ」のポスターすら貼っていないため、この絵馬には過去の遺物としての雰囲気が漂っていました。

「ヤマノススメ」は、アニメ化の際は西武線で大々的に宣伝され、国際興業バスのラッピングカーが走り、飯能市役所の入り口にはあおいとひなたの等身大パネルが立つという熱の入れようでした。
しかし、アニメが終わってしまえば、手のひらを返したように「ヤマノススメ」ムードがなくなり、原作が続いているものの、既に過去とされている感があります。

商業的に人工的に作られた「流行」とは、儚いものでしょう。

いくら主人公が飯能在住ということになっていても、作者が飯能どころか埼玉出身でもなんでもなく、調べると所沢在住の千葉出身者だそうですね。(ウィキペディア)
だから、作者は単に趣味の登山で漫画が描きたかっただけで、飯能の活性化も、埼玉の活性化もあまり真剣に考えていないんじゃないかと推測しています。

だから、高所恐怖症の女子高生が、埼玉の近場の山をガン無視して、高尾山(東京)、三つ峠(山梨)、富士山(山梨)、霧ヶ峰(長野)、谷川岳(群馬)……と、ありえない行動力を発揮してしまうのでしょう。

で、実際には飯能や埼玉とあまり関係がない作者と作品なので、そこまで熱心に後押しされている雰囲気がない、と。

だから、一過性の商業的な「流行」の域を出ない、と。

私は「ヤマノススメ」が好きなんです。
けど、飯能に隣接する狭山市の住民としては、やっぱり違和感があったので。

今でも、「普通の女子高生だったら、保護者なしで県外の山になんか簡単に行けないし、ましてや単独でテント泊の縦走なんかまず許可されないでしょう。登山は大学に入ってから、今は受験勉強に集中しなさいと諭されるのがオチじゃないの」と思っています。

私も、なんだかんだで日本国内、色々と一人旅してきました。
けれども、車で登れる山に入っても、足で行くしかない山には行ったことないです、ほとんど。
「色々な経験しろ」と説教臭く言う父親ですら、県内の山すら登ったことなさそうです。
父親でなく、母親も、兄弟も、そんなもんです。
見聞の広さでは、自分がダントツなくらい。

それでも、「ヤマノススメ」の異常な行動力に違和感があるんですね。
普通の女子高生なので。

で、普通の女子高生が神社仏閣の絵馬になるというのも、やはり違和感があります。

女子高生に願掛けしてどうすんだ、という。

鷲宮の「らきすた」もそうなんですけど、ただの女子高生が絵馬や神輿になるというのにしっくりとこないところがあって。

ただかわいいだけじゃ、100年、200年残るような伝説にはならないだろうと。

鬼姫狂が掲げる武州鬼姫信仰は、まだ誰にも注目されていない新しい民俗信仰です。
けれども、私が生まれ育った武州入間地方の風土的影響下により育まれ、地元に流れる入間川の源流地としての遥かなる秩父山地への想いが根本にある、人工的に作られた商業的流行を超越した本物の山岳信仰として基礎を確立していきたいと思っています。

「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、普通の女子高生ではなく、超自然的な人知を超えた鬼神様の物語です。
そもそも神格化された存在であるため、祭祀対象として絵馬や神輿になってもおかしくないどころか、それが当たり前の伝承方法となります。

この鬼姫山回峰行は、武州鬼姫信仰に対して現実に親しむための山岳修行ですが、大事にしていることは、「普通の人でもやれる」という視点です。
極端に危険を伴う岩山登りはせず、また、私が埼玉県民である以上、まずは埼玉の山が中心としています。

鬼姫山の本山は秩父山地であり、県外の山はあくまでも鬼姫山の支山です。
鬼姫山回峰行で優先されるのは、秩父山地の初心者向けの里山なのです。

もちろん、私個人の観光のために他県の山に登ることはあるかもしれないですが、それは鬼姫山回峰行とは別の話です。

イスラーム教徒は、年に1度、少なくとも一生に1度は聖地メッカへの巡礼をすべきとされます。
それと同じように、鬼姫狂では、年に1度、少なくとも一生に1度は鬼姫山回峰行をすることが推奨されます。

鬼姫山回峰行が文化として定着すれば、過疎化の進行する埼玉県の山間地域の観光振興に貢献できるのではないかと、大真面目に考えています。

宗教化、神格化こそが、本物の文化への足掛かりなのです。

【鬼姫山回峰行】武州鬼姫信仰の実践で山歩きを始めました

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部(通称・鬼姫狂)代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

このブログに以前から大量のスパムコメントがつくので、面倒くさいからコメントそのものを設定で禁止にしました。

私に何かご意見ご要望があれば、ある程度の素性を明らかにした上で、ツイッターアカウントかメールフォーム経由でお願いします。

さて、普段から体力作りのために近所の河川敷をウォーキングする習慣があるのですが、いつも同じ河川敷を歩くのも飽きてきますし、平坦で負荷が足りないので、最近山歩きを始めました。

もともと寺社巡りや城址巡り、景勝地巡りが好きで、観光地にお出かけすると、散策のために片っ端からガンガン歩き回るような、結構ハードなことをやってきました。

なので、運動音痴でスポーツ全般が苦手でありながらも、足腰だけは結構鍛えられている自負があり、山歩きにスライドするのは自然な流れでもありました。

山歩きとはいっても、何の意味もなく山歩きをしても飽きてしまいます。

そこで、ここは武州鬼姫信仰の開祖、鬼姫狂の創始者として、「鬼姫山回峰行」の実践という名目で山歩きをしようと思いました。

「鬼姫山回峰行」とは、武州鬼姫信仰の根本聖地である秩父鬼姫山の比定地とされる秩父山地の山々を踏破する行法です。
鬼姫山そのものは現在地名のどこに該当するのかはわかりませんし、そもそもお凜様、牙吉さん、飛丸さんが住まわれる神聖な禁足地なので、立ち入ることは許されません。
そのため、鬼姫山回峰行では、秩父山地に現存する整備された登山道を歩き、足腰を鍛えて己と向き合い、鬼姫山に思いをはせることで、鬼姫山三神と心を一体化し、神秘の験力を授かることを図ります。
鬼姫山回峰行の道中では、「南無御聖大鬼神童女 南無本地観世音菩薩 南無本地大勢至菩薩」と神名号を復唱し、「オンオニコロヤーハナヒラリンリンソワカ オンワンコロヤーキバキバソワカ オンカラコロヤートビトビソワカ」と真言を復唱します。
この神名号復唱と真言復唱は、声に出してやるのがよしとされますが、この時代、一人でブツブツと呪文を唱えていると危ない人のように思われるリスクもあるので、心の中でやれば構いません。

鬼姫山回峰行の第1回として、隣町飯能の天覧山及び多峯主山に登りました。
鬼姫山回峰行の第2回として、隣町日高の日和田山に登りました。

いずれも、女子高生が山登りをする萌え漫画「ヤマノススメ」の舞台とされていますが、鬼姫山回峰行と「ヤマノススメ」とは関係ありません。

鬼姫山回峰行のそれぞれの具体的な記事は、追って公開していくことにします。

今回は、山歩きを始めた背景をまとめるだけにしておきます。

【映画制作】準備期間が終盤に入りました

どうも、同人結社鬼姫狂 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

1月1日の初詣記事以来、半年ぶりのブログ更新となります。

ブロガーとして稼げるようになる基準は「毎日最低1記事更新、できれば5記事くらい更新」とされることがありますが、ブログ毎日更新って、結構難しいと思います。

さて、2018年の8月くらいに「鬼神童女遊侠伝」の実写映画化を思い立って、なんだかんだで準備期間がもう2年くらいになりそうです。
時間かかりすぎという人は、間違いなく個人資本での映画作りを挑戦したことがない人でしょう。

映画作りはとにかくお金がかかるので、大富豪でもない私のような庶民は、まとまったお金ができるまで、地道な貯金、貯金、貯金しかないのです。

しかし、準備期間も終盤に差し掛かってきました。

絵本版「鬼神童女遊侠伝」の出版を終え、いよいよ実写映画に本腰を入れる段階に来たのですが、おおかたの小道具や衣装の調達が終わったので、改めて記録に残しておこうと思います。

【撮影機材】

まず、撮影機材です。

撮影機材は、今回の映画制作に挑むにあたり、本格的な業務用HDビデオカメラを買いました。

HDカメラ自体は、心理学科時代に買った民生用を持っていました。

しかし、民生機は露出や絞りがフルオートで狙った撮影がしにくいので、本格的な映画制作では基本的には使用しないほうがいいとされています。

そのため、思い切って現行の業務用機を買いました。

記録メディアのSDカードや充電装置などを合わせて、合計420,513円。

【音響機材】

現行のビデオカメラは、民生機ですらかなり高性能なのですが、ビデオカメラの欠点として、録音性能があまり高くないというのがあります。

ビデオカメラの内臓マイクは、とりあえず周囲の音を平均的に広範囲に拾うことを想定していて、俳優が発する特定の音だけを絞り込んで拾う目的には向いていないとされています。

そのため、意図的に特定の音を拾えるようにするために、指向性のガンマイクを用意するのが本格的な映画制作では必要です。

私は音響の専門家ではありませんので、音響についての知識は乏しいのですが、ここで大事なのは、低予算映画を制作するために最低限要求される水準の機材を用意することです。

とりあえず、プロ向けの映像機材のネットショップで、ソニー製の業務用ガンマイクで廉価のものを2本確保しました。

ガンマイクが2本である理由は、役者2人の台詞の同時録音のためです。

また、カメラから遠く離れた役者の台詞を拾うために、中国製の安いワイヤレスマイクセット(マイク4個)を確保しました。

で、それらのマイクをカメラにつなぐために、中国製の安いミキサーと、三脚に取り付けられるポータブルレコーダーを確保しました。

音響ケーブルを合わせて、合計68,185円。

【照明機材】

今回の映画の場合、全編昼間で夜間撮影はやらないのですが、いつ照明が必要になるかはわかりません。

「必要なのにない」というのと、「あるけど必要なかった」のとでは、野外撮影の多い映画の現場では大きな違いがあります。

なので、最低限の照明機材は持っていた方がいいと考え、中国製の安いLEDライト2個とレフ板を確保しました。

力技で撮りきることの多い低予算映画だと照明を焚かないことが多いようですが、中国製の安い機材なら、使わなくても持っていて損はないので。

バッテリーを合わせて、合計34,809円。

【合成機材・VFX素材集】

「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、人知を超えた神々と妖賊が大合戦をする民間伝承です。

要は、銃撃戦と格闘戦と爆発が入り乱れるファンタジーアクションです。

なので、実写合成や特殊効果は使いこなせる必要があります。

まず、悪の軍団の戦闘員にあたる妖賊の手下たちが、実際には数人しかいないところを何百人もいるように、演出でごまかさなければなりません。

1カットの映像に写るのは実際の役者の人数だけですが、それ以上に役者がいるようにするには、同じ視点から別撮りしたカットをアフターエフェクトで合成することになります。

アフターエフェクトで合成するには、切り出したい人物や物体を抽出するために、背景を青や緑などの陰影のない均一の色にしなければなりません。

なので、中国製の安い合成用の背景幕を確保しました。

それとともに、低予算でアクション映画を作るためには、弾着や血飛沫や爆発を合成で処理するのが一番安上がりなので、ハリウッド製のVFX素材集を確保しました。

背景幕とVFX素材集を合わせて、合計34,979円

【稽古道具】

「鬼神童女遊侠伝」は、チャンバラに始まって、ドンパチとカンフーを混ぜてチャンバラに終わる、刀を使った殺陣を中心に見せ場を構成しています。

そのため、実写映画化にあたり、役者の演技指導のために殺陣の稽古をする必要があるので、「鬼姫流演武術研究会」を掲げて直属の俳優養成機関の運営をしようと考えました。

制作会社直営の俳優養成所というのは芸能界では割とよくある収益方法です。

従って、まったく演技経験のない俳優志望者を募集して稽古場を提供して、月会費を徴収することで先行投資を効率的に回収しようという発想は、法外でもなんでもありません。

近頃、職業俳優ではない一般人でも参加できる殺陣教室が都内で増えましたが、私の地元である狭山市の近隣では、気軽に殺陣を習得できる場がありませんでした。

ならば、鬼姫狂として一般公募の俳優養成機関を運営すれば、地元の俳優志望者に訴求できるのではないかと。

そこで、体操や発声などの演技基礎から、歌、舞踊、和楽器、殺陣まで、芸能文化を総合的に体系化することを目指し、独自の流派として「鬼姫流演武術」と命名しました。

「鬼姫流演武術」を研究するには、まずは稽古道具がないと何もできません。

なので、基本となる一般的な大刀と、短刀、薙刀、杖、弓矢を確保しました。

自分の体そのものに加えて、これらの5つの道具があれば、空拳術、剣術、短剣術、棒術、槍術、薙刀術、弓術という7種目の武術を体系化していくことができます。

当初、大刀、短刀、薙刀については、「直心影流3点セット」という商品を鬼姫狂の正式な稽古道具に指定しようと思ったのですが、終売してしまったため、個別に単品で買い集めることになりました。

映画第1作の必要配役が、鬼姫山三神3、妖賊5、子供役1、家族役2で総勢11人なので、それに合わせて、弓矢を除く木製武器を11本確保しようと思いました。

薙刀については、現状で買えるものが1本1万円以上する上に、受注生産で2か月以上かかるようなので、それだけは後回しにしました。

自分用の稽古道具や稽古着と、役者用の稽古道具を合わせて、合計349,687円。

【劇用銃器】

今回の実写映画版「鬼神童女遊侠伝」は、ロケの都合を考えて、時代劇の原案から現代劇に変更しました。

現代劇なので、映画の中で使用される銃は、古式銃ではなく、現代銃です。

無論、低予算映画ですし、日本国内での撮影なので、ハリウッド映画のように実銃を使うことはできません。

そのため、市販のエアガンを小道具として使う選択肢しかありません。

日本製のエアガンは、外見こそは精巧に作られていますが、機械的に簡略化するために、自動拳銃や自動小銃などの排莢機能が備わっていません。

なので、そういうどうしようもない構造的問題について、重箱の隅をつつくように「排莢されないなんてリアリティがない!」と野暮な叩きをするガンマニアも一部にいるのですが、それは「お芝居」を「お芝居」として見れない層なので、気にしても仕方がありません。

とりあえず、「鬼神童女遊侠伝」は、ムサシノウエスタンとして、古今折衷、和漢洋折衷の西部劇風の無国籍アクションにしたかったので、現代劇とはいえどこか古風な感じを出そうと思いました。

そこで、基本の拳銃は自動拳銃ではなく回転式拳銃にし、鬼姫山三神が使う突撃銃と妖賊の手下が使う短機関銃は木の部材を使ったAK47とトンプソンM1A1にし、狙撃銃も木を使ったボルトアクション、散弾銃も木を使ったポンプアクションにしました。

さらに、最強兵器としてバカでかい軽機関銃を追加しました。

これらの銃は、「鬼神童女遊侠伝」の撮影だけでなく、所属俳優が個別の自主映画を撮影するときにも自由に使えるように貸出対象の備品にします。

拳銃8、突撃銃3、短機関銃4、狙撃銃1、散弾銃1、軽機関銃1となり、合計236,260円

持ち運び用のガンケースも欲しいので、それを合わせたら、もう少し加算されるでしょう。

【その他小道具・衣装】

その他の小道具や衣装は、まだ準備が終わっていないので、総額がどのくらいなのかはまだ結論が出ません。

現時点においてだけざっと公開します。

映画で殺陣に使う木製刀剣の制作費として、工具代と材料代を合わせて、56,055円。

衣装制作用のミシン購入費に28,002円。

劇中で使う一眼レフカメラの購入費に50,208円。

一眼レフは備品としても使えますが、買って試しに使ってみたら、写真家向けの本格的なマニュアル機能はありませんでした。

一眼レフだと、5万レベルでも素人向け機能しかないんですね……。

衣装調達費に、現時点で55,274円

稽古道具の欄で抜けていたので、補足。

アクションの撮影時のプロテクターの購入費が、5セットで28,918円。

アクションの打撃練習に使うミット5セットと自分用のグローブとレッグガードの購入費が、15,475円

合わせて、233,932円。

【総括】

なんだかんだで、実写映画版「鬼神童女遊侠伝」の準備のために、現時点まで2年間をかけて総額1,378,366円かかったことになります。

本格的な映画の制作費としては、これでも超貧乏映画のレベルでしかないのですが、低所得の独身実家暮らしとしては、かなりの高額です。

映画が完成して公開されるまでにはかなりの長期戦となりますので、この投下資金を早いうちに回収したいと考えるのは人情というものです。

従って、今後の行動計画は、役者を集めて「鬼姫流演武術研究会」を軌道に乗せ、会費収入によって投下資金を回収することに定めます。

そうすれば、回収したお金を再び役者の出演料として使えます。

つまり、役者からもらったお金が回り回って役者に戻ることになるのですが、それがまた会費として入ってくれば、原理的に永久機関化できるということです。

同じところでお金がぐるぐる回るというのも、経済活動では割と常套手段でしょう。

「鬼姫流演武術研究会」の月会費が大人1万円(子供5千円)とすれば、大人役10人子供役1人ならば、月10万5千円、年126万円になるので、1年と3ヶ月で150万円は回収できる計算になります。

これが仕組みとして機能すれば、継続的に映画が制作できるようになるはずです。

そこまでたどり着けるように、主演女優にして副代表となるお嫁さん候補を筆頭に、役者集めに取り組んでいきます。