原作絵本の本文が24枚全部終了

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

最新作「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の原作絵本の本文執筆の第一稿が終了しました。

一応、ブログで宣言した予定の通りに、4月中に作業が終わりました。

まだ、パワーポイントを使って1枚ずつ原稿を書いただけなので、これから完成原稿のための絵を合わせた体裁を整える作業が始まります。

絵の下描きとペン入れとの同時並行で、5月はやっていきます。
絵の色塗りと仕上げまで、6月中には持っていければと思います。

映画のような絵本というのは、現状で本屋さんに置いてある絵本という枠の中では意外とありそうでない発想だったので、可能性のある手法だと考えています。

単に映画のような絵本というだけだと、手法自体は、すぐに誰かが真似するでしょう。
しかし、「鬼神童女遊侠伝」シリーズという、「架空の民俗信仰を題材にした、腕っ節は強いが心優しい女の子の鬼が活躍する勧善懲悪物語」という本質的な部分は、鬼姫狂総本部と民富田智明による独壇場です。
ステレオタイプの鬼ではないので、真似をした時点でパクリです。

売れるかどうかというのは別の話とはいえ、「戦闘美少女&美女が悪の軍団を壊滅させる」というプロットは、もてない少年のハートをつかむこと必須と思っています。
女アクションというのは、エクスプロイテーション作品の基本中の基本なので、金はないが野心だけはある自主制作では一番手堅いとすら思っています。

なのに、先行研究をしても、女の子の鬼が大活躍する作品って、見当たらないのですよ。
「桃太郎」「一寸法師」の鬼なんて子供に負けますし、節分の鬼のお面だってかっこよさはないですし、1000年以上の歴史がある異形の存在の割には、主役級というよりどこか噛ませ犬のような扱いを受けています。
世間的には、鬼=かっこ悪いやられ役というイメージが定着しすぎたんでしょうね。
若い人ほど学園ものに囚われますし、ファンタジーだって、ゲームの影響からか中世ヨーロッパ風異世界にしたがります。
日本の作品だと、異世界に行ってまで学校に通いたがりますし。

だからこそ、「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、日本文化史に新しい鬼のイメージを打ち出すことを目的にしています。
それが、民富田智明の試行錯誤の新規性です。

新しい試みというのは、要は社会的少数派ということです。
真剣にファンタジー時代劇をやろうとする人は、あまりいません。
時代劇、時代小説はたくさんありますが、どれも江戸もの、剣豪ものです。
10代の子が興味を持つような、萌えや、ファンタジー要素は皆無です。
子供向けの昔話と大人向けの時代劇との間で橋渡しをするような分野がないので、私はそこに可能性を見出しています。

なかなか注目されないので悩み続ける毎日ですが、文化的価値のある挑戦をしているんだという自覚はあるので、一歩ずつ前に進んでいきます。

原作絵本の本文が16枚終了

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

最新作「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の原作絵本の本文執筆が16枚終了しました。

今日の執筆枚数は5枚です。

残り枚数は8枚となり、いよいよ物語の内容は大詰め、お凜様と猫女・濡れ股のお艶との頂上決戦に入ります。
正しい女代表のお凜様と、間違った女代表の濡れ股のお艶との、限界血みどろバトルが絵本になります。

要は、この作品は、ドンパチ・カラテ・チャンバラが入り乱れるスーパーキャットファイトがやりたかったというだけの企画です。
文字通り、プッシーキャットキル!キル!ですな。
別に、ラス・メイヤーの巨乳映画「プッシーキャットキル!キル!」を意識したわけではありません。
だって、その映画を見たことないですし。

「生娘を狩る大狸」でうぶな女の子を襲う98人殺しの巨根の狸をやっつけるお話を描いたので、次はうぶな男の子を襲う98人殺しの濡れ股(プッシー)の猫(キャット)をやっつけようと決めたのが先で、そういえば、ラス・メイヤーでそういう題名の映画があったなと思いだしました。

 

ところで、なんで悪役が98人殺しの設定なのかといえば、特に明確な理由はないです。
単純に、「たくさん人を殺してる悪い奴」という表現でしかないです。
八百屋、八百万の神と同じで、数字自体に意味はないです。
村落社会の因習を描いた、封印された幻のカルト映画「九十九本目の生娘」(菅原文太の主演作)がすごく気になっていて、数字だけ借りてきました。
「生娘を狩る大狸」が99人目の生娘なら、「わらべを喰らう猫女」は99人目の生息子ですね。
「九十九本目の生娘」は、高校時代からの愛読書「新映画宝庫 スプラッターカーニバル」で紹介されていて、作品の設定に影響を受けるくらいに、見たくて仕方がないのです。
DVD出してくれませんかね。

お話の外で妖賊に殺された98人の少年少女はどうなったのか?
そんなことは、私は知りません。
きっと、村では神隠しにあったことになって、行方不明のままでしょう。
未解決事件って怖いですね。

土地の神様は何をやってるんだという疑問もありますが、たぶん、監視を怠っていたか、討死したんだと思います。
日本は神様が腐るほどいるので、鎮守神が欠員したら、新しい鎮守神が縄張りを主張して台頭するだけでしょう。

お凜様は、武州の外でも全世界で活躍できることになっていますが、体は一つですし、基本的には武州の外の事情はよく分からないと思うので、すべての悪事に対応できるような万能さはないはずです。
そう考えれば、お話の外で発生した過去の犠牲者をお凜様が救えなかったことへの説明がつきます。

神様の話なので人知を超えているとはいえ、すべての理屈を投げっぱなしにするのは自分が納得いかないので、架空の「民俗信仰」を創造するというのは三日三晩でできるようなものではありません。

ファンタジーは奥が深いです。

原作絵本の本文が11枚終了

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

最新作「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の原作絵本の本文執筆が着実に進んでいます。

今のところ、表紙含めて24枚構成で、11枚目まで終わりました。

原作絵本の販売形態としてPDF化した電子書籍を考えているのですが、絵本に映画のような迫力を追い求めた結果、絵1枚当たりの文字数がかなり多めになっています。

絵本といっても、思春期突入前後の男の子が興味を持つような世界観を想定しているので、エログロ要素もあったりで、本当に小さい子には早い作品だと思います。
なので、そのあたりを割り切って、ある程度漢字が分かる年齢が読むのに向いている絵本です。

思春期くらいの子が絵本なんか読むのかよ、という突っ込みもありそうですが、大人の絵本という分野もあるくらいですし、そこは内容次第と思っています。

むしろ、私は、小学時代から、ほぼ一貫して活字の本が苦手でしたので、普通の児童書などには敷居の高さを感じていました。
ですから、文字数が多めの絵本くらいの体裁が、活字慣れしていない男の子にはちょうどいいのかなと。

絵本にすると安上がりなのですが、実写映画化すれば制作費1億円くらいかかりそうな内容なので、買って損のない作品になることは確信しています。

絵の着手の方はまだ先になりますが、4月中に本文の第1稿が終われるのを目安に進めていきます。

 

あと、原作絵本の制作に並行して、ギリギリエロい全年齢向けの脱衣ゲームを作っています。
大手のアプリ制作会社だって、この手のギリギリなエロを狙った脱衣ゲームをやっていますからね、「鬼神童女遊侠伝」シリーズでやって何が悪いのかと。
見せなければ全年齢ですから、何をためらう必要がありましょうか。
ノリノリで原画作りやっています。

  

 

キーワード検索のアクセス源として試行錯誤しているブログ講座の方も進めないとですね。

空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の物語構成が確定しました

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の物語の構成が遂に確定しました。

長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」を6年越しで完成させて文化庁メディア芸術祭に発表して、受賞は逃し、無名なために公式直販でも売れてはいないものの、それにへこたれることなく新作の制作発表をしました。
しかし、まだまだ量産体制に入れるほど経験知もないので、前作以上に面白くするために、結局延々と展開に悩み抜いて暗礁に乗り上げました。
なんだかんだで1年以上経って、ようやく新作の物語に決定打が出ました。

でも、ここまできたら、道筋ができているので、あまり迷うことはないです。

確定プロットに基づいて、制作を進めるだけです。

新作についての今後の計画としては、電子書籍として原作絵本の出版を実現し、長編映像紙芝居の制作のための資金源にしていければと思っています。

長編映像紙芝居は、単独作業では5年前後かかるため、あまり現実的な方法でないことが実体験で分かっているので、(ギャラの安い)若い学生を募って、制作チームを発足できたらいいなと。
人脈にしていきたいという気持ちもあるので、できれば、直接顔合わせできる学生なら完璧です。

映像紙芝居というのは、ないない尽くしの中で、個人でも実現可能な映像表現ということで、苦肉の策として思いついた方法なのですが、民富田智明は、紛れもない「映画」なんだと認識しています。

映像紙芝居は、活動写真や活動漫画の下位互換の代替手段ではなく、独立して商業作品として成立しうる、表現の可能性に満ちた新時代の紙芝居と信じています。

なので、民富田智明の創作活動は、原作絵本の発表→映像紙芝居の発表という流れで挑戦していきます。

原作絵本を先に発表し続けることで、映像化を待つことなく新作の蓄積を増やすことができるようになります。

これ以外のメディア展開やグッズ展開もありますが、基幹活動としては、原作絵本と映像紙芝居が中心です。

とりあえず、4月中に絵本の本文作成と原画の下描き作成を終われることを目指します。

構想段階で壁にぶち当たってばかりで作業が滞り続けていましたが、絵本の完成まではノンストップで行けると思います。

 

絵本や紙芝居の制作って、地味系で真面目な女性がやりたがることが多いと思うので、いかにも「子供のためを想って」作られたような、何の娯楽性もない道徳的なものに偏りがちです。
しかし、自分が小さかった頃に押し付けられた「子供のためのお話」って、全然面白くなかったです。

民富田智明は心理学科時代に人形劇団にいたのですが、児童館や福祉施設で公演をするからということで、そういう、いかにもな「子供のためのお話」ばかりでした。
人形作りや小道具作り、本番での舞台設営は、人形劇団の一員として張り切るのですが(なんせ、女子9割で男が少ないので、コミュ障なりに力仕事などで重宝されていた)、正直なところ、劇の内容そのものは面白いと思ったことはあまりなく、入場料は取れないだろうな、と思っていました。
公演本番で、小さい男の子が素直に「つまんない」と言っていたこともあるので、それが本当のことだったのかもしれません。

そういう率直な気持ちがあったので、民富田智明は、「鬼神童女遊侠伝」シリーズを立ち上げたときに、「子供向けだからといって内容までお子様扱いしない。きっちりとお金を取れる娯楽作品に徹する。それが表現者としての社会的責務だ」という信念を抱きました。

子供向けの絵本だから、紙芝居だからといって、お子様といって上から目線になってはいけません。

子供に子供騙しは通用しません。

子供こそ、「面白い」「つまらない」をはっきりと主張します。

自分が幼少の頃に好きだったもの、憧れたもの、それこそが一番成功に近いのだと、民富田智明は確信しています。

 

日本では、早咲きを煽り、二十歳前後で夢が叶わなかったら諦めろいう風潮が蔓延しています。
しかし、高校を出てすぐの、大学二年や専門学校二年程度の二十歳前後でできることなど、教養と経験の両面から見てもたかが知れています。
だから、「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、決して遅咲きなのではなく、まだ始まったばかりなのです。

落ちこぼれから始める外国語 英語14 時制 未来完了形

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

落ちこぼれから始める外国語 英語編の第14回は、未来完了形です。

 

【完了形の意義】

完了形は、ある時点より前に始まった行動や出来事が、その時点において終わったり、続いていたりすることを表現するために使います。

 

【未来完了形の作り方】

未来完了形は、動詞の部分をwill + have + 過去分詞の形にして作ります。

 

【未来完了形の用法】

未来完了形には、未来のある時点での「完了・結果」「経験」「継続」の3つの用法があります。

どの用法なのかは、文脈で判断することになります。

 

【完了・結果】

「already すでに」「yet まだ」「just ちょうど」などを伴うことが多いです。

I will already have finished my homework when my mother returned home. 母が帰ってくるとき、私はすでに宿題を終えているでしょう。

 

【経験】

「before 以前」「twice 二回」などを伴うことが多いです。

I will have gone to France twice before I graduate from university. 大学生を卒業する前に、私は二度フランスに行ったことになるでしょう。

 

【継続】

「for ~間」などを伴うことが多いです。

I will have studied Chinese for five years when I pass the language exam. その語学試験に合格するとき、私は5年間中国語を勉強し続けたことになるでしょう。

 

【否定文】

未来完了形の否定文は、will + not + have + 過去分詞の形で作ることができます。

When I call, he will not have returned home yet. 私が電話をするとき、彼はまだ家に帰っていないでしょう。

 

【疑問文】

未来完了形の疑問文は、(疑問詞) + will + 主語 + have + 過去分詞の形で作ることができます。

When that incident is solved, will it already have been three years? あの事件が解決されるとき、もう3年になったことになるのでしょうか?

Yes, it will. はい、そうです。