空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の物語構成が確定しました

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の物語の構成が遂に確定しました。

長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」を6年越しで完成させて文化庁メディア芸術祭に発表して、受賞は逃し、無名なために公式直販でも売れてはいないものの、それにへこたれることなく新作の制作発表をしました。
しかし、まだまだ量産体制に入れるほど経験知もないので、前作以上に面白くするために、結局延々と展開に悩み抜いて暗礁に乗り上げました。
なんだかんだで1年以上経って、ようやく新作の物語に決定打が出ました。

でも、ここまできたら、道筋ができているので、あまり迷うことはないです。

確定プロットに基づいて、制作を進めるだけです。

新作についての今後の計画としては、電子書籍として原作絵本の出版を実現し、長編映像紙芝居の制作のための資金源にしていければと思っています。

長編映像紙芝居は、単独作業では5年前後かかるため、あまり現実的な方法でないことが実体験で分かっているので、(ギャラの安い)若い学生を募って、制作チームを発足できたらいいなと。
人脈にしていきたいという気持ちもあるので、できれば、直接顔合わせできる学生なら完璧です。

映像紙芝居というのは、ないない尽くしの中で、個人でも実現可能な映像表現ということで、苦肉の策として思いついた方法なのですが、民富田智明は、紛れもない「映画」なんだと認識しています。

映像紙芝居は、活動写真や活動漫画の下位互換の代替手段ではなく、独立して商業作品として成立しうる、表現の可能性に満ちた新時代の紙芝居と信じています。

なので、民富田智明の創作活動は、原作絵本の発表→映像紙芝居の発表という流れで挑戦していきます。

原作絵本を先に発表し続けることで、映像化を待つことなく新作の蓄積を増やすことができるようになります。

これ以外のメディア展開やグッズ展開もありますが、基幹活動としては、原作絵本と映像紙芝居が中心です。

とりあえず、4月中に絵本の本文作成と原画の下描き作成を終われることを目指します。

構想段階で壁にぶち当たってばかりで作業が滞り続けていましたが、絵本の完成まではノンストップで行けると思います。

 

絵本や紙芝居の制作って、地味系で真面目な女性がやりたがることが多いと思うので、いかにも「子供のためを想って」作られたような、何の娯楽性もない道徳的なものに偏りがちです。
しかし、自分が小さかった頃に押し付けられた「子供のためのお話」って、全然面白くなかったです。

民富田智明は心理学科時代に人形劇団にいたのですが、児童館や福祉施設で公演をするからということで、そういう、いかにもな「子供のためのお話」ばかりでした。
人形作りや小道具作り、本番での舞台設営は、人形劇団の一員として張り切るのですが(なんせ、女子9割で男が少ないので、コミュ障なりに力仕事などで重宝されていた)、正直なところ、劇の内容そのものは面白いと思ったことはあまりなく、入場料は取れないだろうな、と思っていました。
公演本番で、小さい男の子が素直に「つまんない」と言っていたこともあるので、それが本当のことだったのかもしれません。

そういう率直な気持ちがあったので、民富田智明は、「鬼神童女遊侠伝」シリーズを立ち上げたときに、「子供向けだからといって内容までお子様扱いしない。きっちりとお金を取れる娯楽作品に徹する。それが表現者としての社会的責務だ」という信念を抱きました。

子供向けの絵本だから、紙芝居だからといって、お子様といって上から目線になってはいけません。

子供に子供騙しは通用しません。

子供こそ、「面白い」「つまらない」をはっきりと主張します。

自分が幼少の頃に好きだったもの、憧れたもの、それこそが一番成功に近いのだと、民富田智明は確信しています。

 

日本では、早咲きを煽り、二十歳前後で夢が叶わなかったら諦めろいう風潮が蔓延しています。
しかし、高校を出てすぐの、大学二年や専門学校二年程度の二十歳前後でできることなど、教養と経験の両面から見てもたかが知れています。
だから、「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、決して遅咲きなのではなく、まだ始まったばかりなのです。

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