役者集めに突入します

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

実写映画版「鬼神童女遊侠伝」の実現に向けて撮影機材一式を調達し、脚本執筆を進めています。

脚本を進めつつも、本格的に役者集めの段階に入っていこうと思います。

 

役者集めとはいっても、何のつてもない私にとって一番難儀な部分なのです。

お金に物を言わせてジャニーズやAKBを引っ張ってこれるような立場ではないですし、どこぞの聞いたことすらない無名芸能事務所ですら、個人資本の自主映画には厳しいというのが現実です。
大学や専門学校のようなしかるべきバックアップがない限り、芸能事務所から役者を呼んでくるというのは難しいとされています。

しかし、今はインターネットの時代なので、いまだ誰にも注目されていない役者の卵は見つかると考えています。

すでにどこかの事務所に所属している役者を呼んでくるのではなく、役者になりたい素人を発掘して、直属の役者としてゼロから稽古をしていくほうが、結果的に長く活用できる人脈になっていくと思います。

制作者自身が主宰する俳優養成の仕組みを確立してしまえば、外部の芸能事務所に頼ることなく自前で人材確保ができます。
直属の俳優なので、芸能事務所に圧力をかけられることなく、現場での主導権が保てます。

そういうことで、鬼姫狂総本部として正式に俳優養成機能を立ち上げようと思い、「映像武術研究会」と命名しました。
「研究会」としたのは、師匠と弟子の関係ではなく、対等に学び合う仲間であることを強調するためです。

都内の俳優養成所に入ったところで、芸能事務所に入れるとは限りませんし、メインキャストになれるとは限りませんし、その先の道は保証されていません。
ほとんどの役者さんは、ろくすっぽまともな役はもらえず、もらえても名前の出ないエキストラばかりというのが本当のところです。
なので、たとえ安いギャラだったとしてもメインキャストになれれば名前を売り出す可能性もあるということで、劇団系の役者さんは自主映画にも積極的に参加したりするそうです。
ならば、「鬼神童女遊侠伝」シリーズに出演することが前提となっている俳優養成機能は、現場に直結するため、役者志望の人にとってもとても合理的なのです。

撮影の中心となるヒロインとスーツアクターによるアクションチームなので、重要度の高い役を演じられます。

妖怪退治物なので、スーツアクターがいないと何もできません。
着ぐるみで暴れる役なので、顔出しとの二役でもない限り役者さんの顔は画面に出ませんが、名前は大々的に載ります。

演技派ぶりたい人は別の人がやってる地味な青春自主映画に出ればいいので、とにかくアクション映画が好きな人、アクションスターを目指している人の参加をお待ちしております。

 

あと、鶴ヶ島のカインズホームでカメラとライトをひとまとめに持ち運びできるように、プラスチックボックスを買いました。
照明用のLEDライトがもうひとつ入るボックスなので、買い足してライト3灯常備を検討しています。
そうすれば、低予算映画の機材としては完璧です。


三脚類をひとまとめで入れられるボックスはないのかなと探したのですが、どうも長さが足りないものばかりなので、ボックスは諦めました。
100㎝以上の大きい長めのバッグがあれば、それを三脚用に調達しようと思います。

映画制作って、お金の面で妥協の連続ではありますが、安易に妥協しすぎても完成度が同時に低くなってしまいます。
そのあたりのせめぎ合いが、映像作家の葛藤の一番大きい部分です。

「時代劇やりたいのなら、実写版で現代劇に切り替えるような妥協なんかしないで、舞台の演劇でもやればいいじゃない。ロケやセットの都合なんか考慮する必要ないのだから」という自問自答も繰り返しました。
けれども、私は映画少年なので、創りたいのは映画だし、見たいのも映画なのです。
せっかく生身の役者さんを集めるのなら、舞台ではなく映画がやりたいのです。

学芸会では劇をやるのが好きだったし、大学で人形劇団にいたこともありますが、自分でチケットを買って舞台を見に行ったことなど、合宿で団体参加した「いいだ人形劇フェスタ」以外にはありません。
今時、一般人の感覚も同じじゃないでしょうか。
映画は見に行っても、劇団の公演なんて、ほとんど見に行きませんよね。

だから、商業的面で見ても、挑戦するべきは映画なのです。

いつかは実写映画でちゃんとした時代劇としてやってみたいですが、今の自分ではできないことなので、現代劇として成立させればいいのだと割り切っています。
大昔から連綿と続く民間伝承を描くのですから、時間軸は現在、過去、未来、何でも構わないのです。

ならば、ロケやセットの都合を勘案すれば、現代劇として実写映画をやるのが賢明なのです。

「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、そのような臨機応変に対応できる多様性があるのです。

 

世界観を掘り下げ、「少年少女との一期一会の交流」にテーマを絞り込み、基本フォーマットを確立させ、機材もそろえました。

あとは、人です。
人を集めるだけです。

演じてくれる人がいないと何もできないのが映画制作なのです。

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