鬼姫山回峰行 第14回 武甲山

どうも、同人結社鬼姫狂団 代表の秋元惟史(活動名義・民富田智明)です。

鬼姫山回峰行として、埼玉県秩父市と横瀬町をまたぐ武甲山(標高1304m)を踏破してきました。

鬼姫山回峰行とは、武州鬼姫信仰において神聖視される秩父鬼姫山の比定地である秩父山地と、各地方に点在する鬼姫山支山の比定地である山岳地を、仮に鬼姫山と見立てて自らの足で踏破することによって、鬼姫山へ想いをはせ、己と向き合い、鬼姫山三神と心を一体化させ、神秘の萌燃力を授かることを目指す山岳修行です。

今回登った武甲山は、秩父の象徴として古くから信仰の対象とされてきた山であり、町の中心地に鎮座する秩父神社の神体山とされています。
武甲山の名前の由来は、日本武尊(ヤマトタケル)が自らの甲(かぶと)をこの山の岩室に収めたという伝説が元禄時代に広まったことにあるようです。
また、秩父嶽とも、妙見山とも呼ばれるようです。
武甲山は、秩父の象徴とされるように、秩父を取り囲む山々の中でも、ひときわ目立ちます。
しかしながら、明治以降にセメントの原料となる石灰岩の採掘が行われるようになり、豊富な石灰岩と引き換えに、著しく山体が崩壊し、痛々しいまでに斜面がえぐり取られた異様な景観になってしまいました。
武甲山の山頂には武甲山御嶽神社が鎮座していますが、元々の山頂部はセメントの採掘で削り取られてしまったので、移転されたもののようです。(山頂部が削られたので、標高も低くなったそう)
セメント産業は、武甲山から授かった多大な恩恵であるのは事実ですが、本来神聖な山である武甲山が日に日に破壊されていくというのは、色々と複雑な心境にならざるを得ませんね。
武甲山は、セメント採掘場である前に、古来より神様が住む山です。
そのため、削られていく秩父の象徴を想い、特別に真剣な気持ちで登りました。

武甲山の遠景。
雄大だが、山体崩壊が著しい。
これでも秩父神社の神体山です。

我々も武甲山のセメントの恩恵に与っているので、セメント採掘をやめろなどとはなかなか言えません。
とはいえ、貴重な植物群や、巨岩群、縄文時代から近代に至る歴史遺跡も消滅してしまったとのこと。

午前8時すぎ、武甲山登山口駐車場に到着。
すでに車が沢山いて、なんとか1台分の余裕はあり、自分の車だけは駐車できました。
駐車場は大きなハチが飛んでいて、車外に出て準備をするのが怖かったです。

駐車場の入口には、ここが神社の表参道であることを示す鳥居があります。
日陰で暗いのですが、鳥居の前にはお狗様が4体立っています。
秩父は山狗信仰が伝わるところです。
武甲山も山狗信仰の神社なのです。

案内板によると、山頂までは片道2時間10分程度とのこと。
脇にあったポストに登山届を記入して投函し、準備体操して出発しました。

しばらくは傾斜のない道を進みます。

沢沿いにある廃屋のような建物を過ぎるところから、傾斜がきつくなってきます。

かっこいい滝。
まだまだ歩きには余裕があります。

沢沿いを延々と進みます。
日曜なので、登山者は多かったです。

道標が逆光で読めない。

他の山との分かれ道を過ぎると、本格的に石だらけのゴツゴツ道が始まります。

延々と進みます。

冒険心をくすぐる橋がありました。
すき間だらけなので、足元に注意しないと踏み外します。

延々と進むと、不動滝というかっこいい滝がありました。
水を汲めるようになっていて、大量のペットボトルが置かれていました。
「山頂の公衆便所の水洗用に、無図の運搬にご協力ください」とのこと。
大は8L、小は6Lを目安に、と書いてありましたが、2Lボトル1本を運ぶだけでもかなり負荷がかかるので、1本しか持ちませんでした。
コップも置いてありましたが、あくまでも滝であって湧水ではないので、飲むことは避けました。
そもそも、コップ自体が放置されている感じで、衛生的な感じではないですし。

滝の脇にはお地蔵さま。
登山の無事を祈りました。

滝をしばらく進むと、武甲山御嶽神社参道とありました。
延々ときつい登りが続きます。
道の途中で、三十丁目のような到達度の目安石がいくつも立っています。
山頂部で六十丁目だったか……。

延々と進みます。

延々と進みます。

謎の祠。

延々と進みます。

延々と進みます。
この辺、かなりきつめです。
これを過ぎて、ちょうど真ん中あたりとのこと。

広い平坦なところに出ました。
休憩のための丸太の腰掛がいくつかあります。

あと60分。
まだまだ先が長い。
ここで、大きめの休憩をとりました。

車を置いてある登山口は標高515m地点とのこと。
実質的な登る高さは、789mでした。
以前登った関八州見晴台の標高がその辺でした。
標高789mでも十分きついです。

延々と進みます。

延々と進みます。

延々と進みます。

体力的にかなり余裕がなくなってきており、小休止の頻度が増えてきました。
なんでこんなきついことやってるんだろうと、雑念が生じてきます。

延々と進みます。
なんとなく、先が開けてきた気がしました。

明らかに、先が開けてきました。

きつい坂を抜けて、広いところに出ました。
多くの登山者が休んでいました。
青空が広がっていました。

ついに、武甲山御嶽神社に到着です。
きつかった。

お狗様。

お狗様。

神社を参拝した後、奥に続く山頂を目指しました。

鐘楼がありました。
かつては、もっと大規模に修行場が栄えていたようで、お寺もあったようです。
この鐘楼は、その名残でしょうか。

山頂まであと少し。

ついに、山頂です。

フェンスの向こうはセメント採掘場で、断崖絶壁になっています。

山頂からの秩父市街地の眺望。
標高1304mとなると、さすがに高度感がすごいですね。

かろうじて、採掘場が見えました。
白いぼやけているところが採掘場です。

由緒書き。

神社の社務所裏に、公衆便所の水洗用のマンホールがありました。
ここに、滝で汲んできた水を注入します。
自分の山岳修行の経験が、「便所の水洗」という、世のため人のために役立った瞬間です。
空になった2Lボトルに加えて、もう1本の2Lボトルもリュックに突っ込んで、先程の滝に戻すことにしました。

これが、滝からこの身で運んできた聖なる水です。

神社の参拝を終えて、20分ほど休憩をとり、下山を始めました。
下りは圧倒的に負荷が少ないですが、足を滑らせたり、つまずいたりして転倒する危険があります。
慎重に進んでいきました。

案の定、何度かズルっといって焦りましたし、滝にボトルを戻してから50mくらい下りていったところで、転びました。
石がゴツゴツしていない土の道でしたし、おしりから転んで安全に受け身を取ったので、大したことはありませんでした。
しかし、暑いからとグローブをはずしていたのがあだとなり、受け身を取った際に右の手のひらを少し切ってしまいました。
しかも、あろうことか、ちょっとしたケガのための絆創膏を家に忘れてきてしまいました。
さらに、消毒液もありませんでした。
なんたる失態。
大したケガでもありませんが、止血のために、首に巻いていた汗拭きタオルを手のひらに巻いて固く握り、しばらく進みました。

100mくらい進んだところに、安全に手を洗えそうな沢があったので、応急的に土で汚れた手を洗いました。
もちろん、水道水ではなく沢水なので、水そのものに危険な細菌がいる可能性もあります。
とはいえ、傷口が土で汚れている状態よりはましなので、きれいに洗い落としました。

止血のためにタオルを握りしめたまま、延々と進みました。

だんだん血が止まってきて、タオルを握らなくても平気になってきて、疲れ果てて駐車場に戻りました。
絆創膏がなくても問題なく車のハンドルが握れる状況だったので、秩父市内に絆創膏を買いに行くこともなく、そのまま帰路につきました。

帰り道、武甲山のすぐ近くにある秩父観音霊場札所8番に立ち寄って、仏様に登山の無事を報告し、

お寺の駐車場にあった公衆便所で入念に傷口を洗ってから、国道299をぶっ飛ばして帰りました。

ちょうどお昼頃だったので、芦ヶ久保の道の駅に立ち寄って何か食べてこうと思いましたが、ありえないほどの満車だったので諦めて、そのまま直帰しました。

これで、武甲山の踏破は完了です。

今回の教訓としては、たとえ夏で暑くてもけが防止のためにグローブをはずしてはならないということと、絆創膏と消毒液の常備を怠らないということですね。

次の鬼姫山回峰行をどこにするかは未定ですが、お寺と城跡の両方を楽しめる小鹿野町の札所31番観音山に行ってみようかと思っています。

もしくは、奥多摩か、神奈川県の丹沢山系あたりに進出するのもいいかもしれません。
神奈川は、大学生時代に厚木で2年(映像学科)、戸塚で2年(心理学科)住んでいるので、箱根、小田原、大山、鎌倉あたりは遊びに行っていて、結構身近に感じています。(地理的にも、横浜と川崎は武蔵国の一部ですし)

神奈川の山ガイドも本屋で買ってこないとですね。

鬼姫山回峰行 第13回 武蔵御嶽

どうも、同人結社鬼姫狂団 代表の秋元惟史(活動名義・民富田智明)です。

鬼姫山回峰行として、東京都青梅市にある武蔵御嶽神社(標高929m)を踏破してきました。

鬼姫山回峰行とは、武州鬼姫信仰において神聖視される秩父鬼姫山の比定地である秩父山地と、各地方に点在する鬼姫山支山の比定地である山岳地を、仮に鬼姫山と見立てて自らの足で踏破することによって、鬼姫山へ想いをはせ、己と向き合い、鬼姫山三神と心を一体化させ、神秘の萌燃力を授かることを目指す山岳修行です。

武蔵御嶽神社は、秩父神社、三峰神社、宝登山神社と並んで山狗信仰が伝わる修験道の霊場で、なんと紀元前91年の創建ともいわれる古社です。
736年に行基が蔵王権現を勧請し、神仏習合の流れの中で修験道が盛んになっていったようです。
御嶽というのは修験道の中心地である奈良県吉野の金峯山のことを指すそうで、修験道のしゅの字もない紀元前には、名前すらなく、単に山の神が住まわれるところ、くらいの感覚だったと思います。

武蔵御嶽神社は、JR青梅線御嶽山駅から車で5分ほど登ったところにある御嶽山ケーブルカーが登山の起点となります。
ケーブルカーに乗れば6分で山頂近くまでいけますが、今回は運動目的なので、麓から表参道を歩いて行きました。
ネットの下調べで片道90分とあったので、覚悟して入山です。

午後から雷雨の予想だったので、空の状況を見て、青空が広がっているのを確認して行きました。

ケーブルカー駅駐車場。
ここまでかなりの急坂を登ってくるので、実は標高929mのうち400mくらいは稼いでいる模様。

御嶽山3.4㎞とあります。
ここが表参道入口です。

ここですでに急勾配です。

人工っぽい滝行場があります。
使われているかはわかりません。

参道を登り始めます。
山の上の神社や、御嶽講を先導する御師が経営する宿坊に物資を運ぶために、全面舗装されています。
かなり急勾配な上に、切り返しの必要なつづら折れもあり、ガードレールのない離合困難な狭路が続くので、関係者以外通行禁止となっています。

風景的には変化のないきつい登りが延々と続きます。
写真だと大したことないように見えますが、実際に歩くと、あっという間に息が上がって汗が吹き出します。
疲れ果てながら、なぜ自分はこんなきついことやっているんだろうと、雑念が出てきます。

延々と歩きます。

延々と歩きます。

延々と歩きます。

延々と歩きます。

延々と登り続けると、ケーブルカーと交差します。
ちなみに、ここでクロネコヤマトとすれ違いました。

ケーブルカーをくぐった先に、お地蔵さま。

きつい登りは過ぎましたが、まだまだ道は続きます。
舗装されていて歩くためには広いので、壁側を歩けば滑落する心配はありません。
しかし、崖側はかなりの傾斜で高さもあるので、落ちればまず助からないでしょう。
車だとかなり緊張を強いられそうな道ですね。

だんだん先が開けてきて、

山上集落に着きました。
御嶽講の先達である御師が代々経営する宿坊が密集しています。
高野山町のように町ひとつ山の上にあればいいですが、宿坊群だけが山の上にあるというのは、生活のためにはかなり不便がありそうです。
宿坊群は麓にあったほうが参拝拠点としては良かったのではないかと思ったりしました。

集落のほとんどは宿坊です。

宿坊群を抜けると、信じられない急勾配の坂があるので、そこを進みます。
凍結したら、車で登るのはまず無理でしょう。

急坂を登って土産物屋を過ぎると、神社の入口が見えました。
ここで、雷がゴロゴロ鳴り出したので、急ぎました。

疱瘡神の祠。

立派な山門。
60分ほどの登りで疲れ果てていますが、ここからさらに石段が続きます。

二の鳥居をくぐって、

拝殿が見えました。

威風堂々の拝殿。

武蔵御嶽神社には山狗信仰が伝わるので、拝殿の前にはお狗様が立っています。

お狗様、下から。

お狗様、下から。

お狗様、上から。

お狗様、上から。

神社は山頂部にありますが、境内からだと、そこまで眺望は開けていません。

ここで、雷がかなり近づいてきたのか、ゴロゴロが激しくなってきたので、記念にお守りを買って下り始めました。

なぜか騎馬武者像があり、畠山重忠公とのこと。

登りは歩いて行きましたが、雷雨に降られる心配があったので、下りはケーブルカーを使うことにしました。

発車時刻は13時15分、20分ほど待ち時間があったので、近くのベンチでお昼のおにぎりを食べました。

で、こんな山の上にも東京オリンピックマスコットであるミライトワ、ソメイティのオブジェが置いてあって(高尾山にもあった)、オリンピックの強行開催のごり押しぶりを堪能しました。
ちなみに、地元の霞が関カントリーはゴルフの会場になっているので、駅前も長らくミライトワ、ソメイティの垂れ幕だらけになっています。
個人的には、オリンピックを強行せずに延期でもいいんじゃないのと思っていましたが、気が付けばオリンピックの直前ですね。
オリンピックそのものには疑問も多いですが、なにげに、マスコットのソメイティがかわいくて好きです。
ソメイティの由来が桜のソメイヨシノとso mighty(非常に力強い)からきているそうで、超人的パワーを持っているとのこと。(オリンピック公式サイトより)
桜をイメージしたスーパーヒロインという意味で、お凜様とかなり属性が近いですね。
ソメイティは東京オリンピック専用キャラとのことで、オリンピックが終わったら儚く忘れられていくのかもしれませんが……。
イベント一回ぽっきりのキャラよりも、1000年、2000年残る余地のある新しい神仏を提唱した方が、日本文化の発展には有意義であると思っています。
キャラクタービジネスではなく、偶像崇拝に基づく民俗信仰と表現したいところです。

そうこうしているうちに雷雲が急接近してきたようで、ケーブルカーが13時8分に臨時発車することになりました。
下山すると、すぐに緊急停電となり、ケーブルカーは運休になりました。
トイレに行っているうちに雨が降ってきて、駐車場に向かうと完全に大雨になり、出発の準備をしている間にずぶ濡れになってしまいました。
山の上でゆっくりしすぎていたら、酷い目に遭うところでした。
登山を開始したときはあれだけ青空だったのに、山の天気は読めないですね。
雨でずぶ濡れにはなったけれども、晴れているうちに無事に下山はできているので、よしとします。
かなりの集中豪雨で帰り道の運転は緊張しましたが、事故もなく帰宅しました。

これで、武蔵御嶽神社の踏破は完了です。
そのうち、奥の院も挑戦したいですね。(もちろん、神社までの登山道は省略したいので、ケーブルカーの往復で)

鬼姫山回峰行 第12回 高尾山

どうも、同人結社鬼姫狂団 代表の秋元惟史(活動名義・民富田智明)です。

鬼姫山回峰行として、東京都八王子市の高尾山(標高599m)を踏破してきました。

鬼姫山回峰行とは、武州鬼姫信仰において神聖視される秩父鬼姫山の比定地である秩父山地と、各地方に点在する鬼姫山支山の比定地である山岳地を、仮に鬼姫山と見立てて自らの足で踏破することによって、鬼姫山へ想いをはせ、己と向き合い、鬼姫山三神と心を一体化させ、神秘の萌燃力を授かることを目指す山岳修行です。

高尾山は、東京都屈指の観光名所として名高い秩父山地の東縁に位置する山で、古くから神仏習合の修験場として栄えてきたところです。
現在でも、744年に創建された真言宗寺院の薬王院が鎮座しており、山全体が境内地となっています。
高尾山薬王院は、もともとは薬師如来が祀られたことから薬王院と名付けられたようですが、その後神仏習合の流れの中で修験道が隆盛となり、飯縄権現が守護神として祀られてそれが本尊となったようです。
高尾山では、飯縄権現の眷属としての天狗信仰が伝わっており、高尾山といえば天狗の山というくらいの印象が強くなっています。

さて、高尾山は、10年くらい前、私がまだ大学生だった頃に一度登っています。
しかし、その時は薬王院の参拝途中に大雨に降られて撤退したため、山頂に登っていませんでした。
そのため、今回は、薬王院の参拝というよりも、山頂への踏破を目的に行ってきました。

とりあえず、駐車場に車を置いて(1,500円! こんなに高かったっけ?)ケーブルカー駅前に出ました。
日曜だったので人が多かったです。
私は運動目的なのでケーブルカーは使わず、表参道から徒歩です。

トイレを済ませて準備体操をし、歩き始めます。

高尾山の表参道は、寺院や売店の関係者の車が走行できるように全面舗装路になっています。
そのため、まともに歩いていさえすれば急斜面から滑落するような心配はありません。
ただ、勾配は結構きついので、あっという間に疲れてきます。

道の脇には、このような小さな仏像が立っていたりします。
ただの自然散策路ではなく、あくまでも寺院表参道です。

結構坂がきつくなってきました。
山道慣れしていないと、大体この辺りから来たことを後悔し始めるでしょう。

高尾山というと、何年か前にミシュランだか何だかの5つ星ランキングに選定されたことで人気が急上昇して、観光客が倍増したことが知られています。
その急激な観光人気の裏で、厚底サンダルやハイヒールなどで登ろうとする無茶な人も増えたということで、転倒によるケガも増えたといわれています。
高尾山は、観光地である前に、歴史ある山岳信仰の霊場です。
本来は修行のための山なので、楽ちんなところではありません。

舗装されて安全ではありますが、肉体的なきつさはあります。

あと、ちゃんとした登山靴で行くことが推奨されます。
安い運動靴だと、靴底が薄すぎて石や砂利などの凹凸で足を痛めるおそれがあります。
あくまでも山なので、厚底サンダルやハイヒールは論外、としかいえないでしょう。

つづら折れを繰り返して高度を稼いでいきます。

高尾山山頂まで2.8㎞。

高尾山山頂まで2.6㎞。
まだ200mしか進んでいません。
山道の100mは長いです。

お地蔵さん。

道の脇にはものすごい年季の入った杉が立っていたりするのですが、切り株の中に、まるで翼竜のようなかっこいい切り株がありました。
偶然にしては芸術的すぎます。

どう見ても翼竜です。

何本か小さな仏像を過ぎて、

リフト乗り場に出ました。
このリフト、下りで乗ると高度を直に感じてとても怖いそうです。

高尾山頂まで2㎞。
ちょうど中間点ですね。

緩やかな道をまっすぐ進んで、

ケーブルカー駅を通りすぎて、

猿苑脇のお地蔵さんを過ぎて、

ついに山門に到着です。

日曜だからか、多すぎってくらいに人が多かったです。

観音堂?をお参りして、

分かれ道から急な石段のある男坂を進みます。

結構段数が多いですが、山形県の羽黒山2446段(日本1位)や香川県琴平山1368段(日本2位)を踏破した身としては、もうこのくらいは慣れっこです。

今回は山頂が目的なので、境内散策は流して突き進みます。

巨大な天狗面。

巨大な天狗面。

山頂まで20分。

お寺なのに鳥居。
これぞ神仏習合。

奥の院。
この裏から山頂までの登山道が続きます。

尾根筋をずっと歩いて行くと、

視界が開けてきます。
この先が高尾山の頂上です。

十三州大見晴台とあります。

標高599m。

奥多摩の山々が見渡せます。

山頂は人がごった返していたので、昼食として冷やしかけそば(700円)を食べて一休みした後、そそくさと下山を始めました。
下山は、表参道ではなく、6号路という沢沿いを下りる自然散策路に近い経路をとりました。

はじめは砂利道でしたが、

延々と続く木段となり、

いかにもな登山道に突入しました。

ここ数日雨がちだったので、滑らないように慎重に進みます。

ここから沢沿い、というより沢そのものに入ります。
増水していなくて安心です。

普通に水が流れているところを、石をまたいだりしながら進みます。
登山靴じゃないと無理ですね。

滑落注意の警告板。
実際に落ちてるんでしょうね。

こんな感じで、ゴッツゴツの道を進みます。

こんな倒木もあります。

沢沿いから高度を上げていき、

落ちたら軽くあの世に行けそうな道を進むと、

金網が張られた道になります。
水しぶきの音がすごいです。

落石注意の警告板。

金網の道を下りた先は、滝行場になっていました。
行場は封鎖されており、修行者以外は入れないようになっていました。

滝行場からしばらく進むと、岩窟があり、そこに石仏が祀られていました。

延々と進んでいくと、

謎の祠があり、

古めかしい病院の脇から舗装路に合流します。

この辺りから雨が降り出したので、薄いジャンパーを着こんで急ぎます。

大量のお地蔵さんがあり、そこからしばらく行くとケーブルカー駅の脇に出ました。
で、雨に濡れているのでそそくさと駐車場に戻りました。

これで、今回の高尾山踏破は終了です。


余談ですが、帰り道に温泉に寄るかもしれなかったので、タオルセットと着替えは積み込んでいました。
なんと、10年以上の間に駅直結の高尾山温泉というのができていたので、試しに入りに行きました。
1200円しましたが、日曜だからか混んでいてイモ洗い状態であり、コロナのエチケットもお構いなしに複数人で固まってワーワー大声でしゃべる人もいて(しかも「黙浴にご協力ください」という貼紙のすぐ横で)、なおかつお湯設定も37度、38度など異様にぬるかったので、あまり満足はできませんでした。
人が多いのは仕方ないにしても、お湯がぬるいのはちょっと。(公衆衛生法で、感染症を防止するために湯温が43度以上ないといけないと定められている。実際にレジオネラ菌感染で死亡事故も起きている)
近年、こういうぬるいお湯が人気らしいですが、そもそも体が温まらないですし、衛生的には最悪なので、温泉施設である以上は熱めのお湯を維持してほしいところですね。
那須や草津や別府や雲仙などの歴史のある温泉場では、本場の意地があるのか、公衆浴場ではやっぱり熱いですし。(個別の旅館の対応は知りませんが、本当に温泉好きな人は熱めが好きだと思います)