原作絵本の本文が11枚終了

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

最新作「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の原作絵本の本文執筆が着実に進んでいます。

今のところ、表紙含めて24枚構成で、11枚目まで終わりました。

原作絵本の販売形態としてPDF化した電子書籍を考えているのですが、絵本に映画のような迫力を追い求めた結果、絵1枚当たりの文字数がかなり多めになっています。

絵本といっても、思春期突入前後の男の子が興味を持つような世界観を想定しているので、エログロ要素もあったりで、本当に小さい子には早い作品だと思います。
なので、そのあたりを割り切って、ある程度漢字が分かる年齢が読むのに向いている絵本です。

思春期くらいの子が絵本なんか読むのかよ、という突っ込みもありそうですが、大人の絵本という分野もあるくらいですし、そこは内容次第と思っています。

むしろ、私は、小学時代から、ほぼ一貫して活字の本が苦手でしたので、普通の児童書などには敷居の高さを感じていました。
ですから、文字数が多めの絵本くらいの体裁が、活字慣れしていない男の子にはちょうどいいのかなと。

絵本にすると安上がりなのですが、実写映画化すれば制作費1億円くらいかかりそうな内容なので、買って損のない作品になることは確信しています。

絵の着手の方はまだ先になりますが、4月中に本文の第1稿が終われるのを目安に進めていきます。

 

あと、原作絵本の制作に並行して、ギリギリエロい全年齢向けの脱衣ゲームを作っています。
大手のアプリ制作会社だって、この手のギリギリなエロを狙った脱衣ゲームをやっていますからね、「鬼神童女遊侠伝」シリーズでやって何が悪いのかと。
見せなければ全年齢ですから、何をためらう必要がありましょうか。
ノリノリで原画作りやっています。

  

 

キーワード検索のアクセス源として試行錯誤しているブログ講座の方も進めないとですね。

空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の物語構成が確定しました

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」(仮)の物語の構成が遂に確定しました。

長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」を6年越しで完成させて文化庁メディア芸術祭に発表して、受賞は逃し、無名なために公式直販でも売れてはいないものの、それにへこたれることなく新作の制作発表をしました。
しかし、まだまだ量産体制に入れるほど経験知もないので、前作以上に面白くするために、結局延々と展開に悩み抜いて暗礁に乗り上げました。
なんだかんだで1年以上経って、ようやく新作の物語に決定打が出ました。

でも、ここまできたら、道筋ができているので、あまり迷うことはないです。

確定プロットに基づいて、制作を進めるだけです。

新作についての今後の計画としては、電子書籍として原作絵本の出版を実現し、長編映像紙芝居の制作のための資金源にしていければと思っています。

長編映像紙芝居は、単独作業では5年前後かかるため、あまり現実的な方法でないことが実体験で分かっているので、(ギャラの安い)若い学生を募って、制作チームを発足できたらいいなと。
人脈にしていきたいという気持ちもあるので、できれば、直接顔合わせできる学生なら完璧です。

映像紙芝居というのは、ないない尽くしの中で、個人でも実現可能な映像表現ということで、苦肉の策として思いついた方法なのですが、民富田智明は、紛れもない「映画」なんだと認識しています。

映像紙芝居は、活動写真や活動漫画の下位互換の代替手段ではなく、独立して商業作品として成立しうる、表現の可能性に満ちた新時代の紙芝居と信じています。

なので、民富田智明の創作活動は、原作絵本の発表→映像紙芝居の発表という流れで挑戦していきます。

原作絵本を先に発表し続けることで、映像化を待つことなく新作の蓄積を増やすことができるようになります。

これ以外のメディア展開やグッズ展開もありますが、基幹活動としては、原作絵本と映像紙芝居が中心です。

とりあえず、4月中に絵本の本文作成と原画の下描き作成を終われることを目指します。

構想段階で壁にぶち当たってばかりで作業が滞り続けていましたが、絵本の完成まではノンストップで行けると思います。

 

絵本や紙芝居の制作って、地味系で真面目な女性がやりたがることが多いと思うので、いかにも「子供のためを想って」作られたような、何の娯楽性もない道徳的なものに偏りがちです。
しかし、自分が小さかった頃に押し付けられた「子供のためのお話」って、全然面白くなかったです。

民富田智明は心理学科時代に人形劇団にいたのですが、児童館や福祉施設で公演をするからということで、そういう、いかにもな「子供のためのお話」ばかりでした。
人形作りや小道具作り、本番での舞台設営は、人形劇団の一員として張り切るのですが(なんせ、女子9割で男が少ないので、コミュ障なりに力仕事などで重宝されていた)、正直なところ、劇の内容そのものは面白いと思ったことはあまりなく、入場料は取れないだろうな、と思っていました。
公演本番で、小さい男の子が素直に「つまんない」と言っていたこともあるので、それが本当のことだったのかもしれません。

そういう率直な気持ちがあったので、民富田智明は、「鬼神童女遊侠伝」シリーズを立ち上げたときに、「子供向けだからといって内容までお子様扱いしない。きっちりとお金を取れる娯楽作品に徹する。それが表現者としての社会的責務だ」という信念を抱きました。

子供向けの絵本だから、紙芝居だからといって、お子様といって上から目線になってはいけません。

子供に子供騙しは通用しません。

子供こそ、「面白い」「つまらない」をはっきりと主張します。

自分が幼少の頃に好きだったもの、憧れたもの、それこそが一番成功に近いのだと、民富田智明は確信しています。

 

日本では、早咲きを煽り、二十歳前後で夢が叶わなかったら諦めろいう風潮が蔓延しています。
しかし、高校を出てすぐの、大学二年や専門学校二年程度の二十歳前後でできることなど、教養と経験の両面から見てもたかが知れています。
だから、「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、決して遅咲きなのではなく、まだ始まったばかりなのです。

会員勧誘のための動画広告を企画しています

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

当結社は、世界観共有型の会員制キャラクタービジネスとして立ち上げたのですが、未だに会員が獲得できていません。
なので、会員勧誘を目的とした動画広告を制作して配信してみようかと思います。

会員勧誘のターゲット層は、18歳から30歳程度で、インターネット環境があるオタク層のひきこもり・ニートの男性です。
その延長で、18歳未満の不登校児やぼっち生徒、ぼっち学生あたりを狙っています。

 

動画広告のテーマは、ズバリ「自立」。

自治体主導のひきこもりやニート、不登校児の自立支援は、「とりあえず、アルバイトか就職できればいい」というもので、「雇われる」ということを前提にしたものばかりです。
サポートセンターの相談員も、スクールカウンセラーも、ハロワの職員も、結局のところ雇われている立場です。
スクールカウンセラーをやっている臨床心理士は院卒のエリートだし、サポセンやハロワの職員は安定した公務員なので、本当の意味で「働けない状態」にいるつまずいた人の気持ちを考えることができず、根本的な問題解決になっていないということが多いそうです。

空白期間があるから、社交性に難があるから、というくだらない理由によって、書類選考や面接で落ち続けてしまい、自立したい若者が余計に自信喪失してしまうという、悪循環でしかない状況が延々と繰り返されているそうです。
つまずいている当事者の親もどこかしらに雇われている会社員であることが多いため、「就職」の一点張りで、それ以外の選択肢は考えられないということが問題点として浮き彫りにされています。

しかし、働きたくても誰も雇ってくれないという、「つんだ」状態にいる当事者の場合、延々と採用される見込みのない就職活動を続けるよりも、開き直って「自営業」として起業してしまった方が立ち直れる場合もあります。
事実、もともとひきこもりやニート同然の生活をしていた起業家は多いそうです。
他人に雇ってもらうのを待つのではなく、自分で自分を雇ってしまうのです。
自分のために働くのですから、やりがいだって確実にあります。

とはいえ、何も下地のない場合、起業するにも何をすれば良いのかわかりませんから、途方に暮れることになります。
何も下地がない場合、ドロップシッピングやアフィリエイトで稼ぐ手段がありますが、山ほどある商材に溺れて、そこでも何をしたら良いのかわからなくなります。
興味のない商材を扱っても、結局、面白くないし、続かないのですよ。

オタクはオタク層相手に商売するのが一番です。
そこで、オタク気質のひきこもり・ニートの男性向けに自立の手段として提供するのが、鬼姫狂総本部の創作師制度と伝道師制度なのです。
オタクには、完成されたものよりも、改良余地のある発展途上のものの方が好まれます。
「鬼神童女遊侠伝」シリーズを原作として、創作意欲の赴くままに二次創作をし、広告宣伝をし、その見返りとして創作師報酬と伝道師報酬を受け取るという、一連の商取引が、ネットだけで完結します。
パソコンとネットと制作環境さえあれば始められるビジネスなので、ひきこもりやニート、不登校でも、十分に成り上がれるチャンスはあります。
参入資格は、キャラクターを好きになってくれることと、お小遣い程度の年会費を払ってくれることのみ。
伝道師制度によって新規会員を紹介してもらえれば、年会費すら回収できる仕組みなので、実質的なコストは制作費と機材購入費のみ。

年間たった10,000円(会員証発行の場合、15,000円)の投資で、ほぼ一生、創作師(クリエイター)及び伝道師(アフィリエイター)としての身分と報酬が約束されます。
※一本で生き抜ける保証はできないので、別途、食うための兼業を探すことを推奨しますが。

「日本の鬼の文化を継承し発展させること」を目的とする会員制キャラクタービジネスに事業主として主体的に参加しているという実感が、「社会的意義の高い活動に必要とされている自分」を確認することに役立つと思うので、一般的な社会のレールからはみ出してしまったひきこもりやニート、不登校児にこそ、鬼姫狂総本部を育てるための同志になって欲しいです。

創始者の民富田智明自身が、大学以降に巡り合わせの悪かった、非リア充のぼっちですから。
「ウェーイ」系のリア充なんて、初めからターゲットとして眼中にありません。

非リア充のオタク層のルサンチマン(怨恨)を爆発させて、新しい文化的潮流にまで洗練させるのです。

神の名のもとにみな平等、信じる者は救われるのです。

鬼の姫に狂うことによって、心魂が慰癒され、現世利益による救済が約束されるのです。

そこには、性別による差別も、年齢による差別も、学歴による差別も、職歴による差別も、経験による差別もないのです。

来る者拒まず、去る者追わず。

鬼姫狂総本部は、生きるのが下手なぼっちのための、「信ずるべき道」を指し示すための、現代の駆け込み寺となることを目指します。

 

人間は、唯物論では、生きにくいのではないでしょうか。
偶像崇拝で幸福になれるのであれば、それは、人間にとって真実の世界なのだと考えています。

 

これが、芸術学部と心理学部を卒業し、個人的に宗教学に関心を持つ私が行き着いた、自分流の「心理支援」の方法です。

「Do For Others」を掲げるキリスト教系大学の明治学院で基幹教育の心理支援論を履修したことが、まわりまわって、「鬼神童女遊侠伝」シリーズに根付いているのです。
自分なりの「萌えを通じて誰かを支える、信ずるべき正しい道」なのです。
私自身は神道仏教寄りの多神教信仰なので、一神教のキリスト教徒ではないですが。

以上のような考えを、CMとして映像化して、ユーチューブに配信するのを計画しています。

CMの配信開始は、まだ未定です。

在庫を抱えるリスクを覚悟してでもキャラクターグッズを開発したい

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

ただいま、「鬼神童女遊侠伝」シリーズの新しい関連グッズとして、懐中塵紙(ポケットティッシュ)のデザイン制作をしています。

学生時代に絵柄が古いと言われたことがありますが、流行は必ず衰退するので、「今風」であることに価値を感じていません。
むしろ、時代劇なのであえて「古風」を意識しています。
絵が古いのがご不満なら、創作師として二次創作で不満解消してください。

絵は健全なのに、意味深なキャッチコピーをつけたら、なんかいかがわしくなってしまいました。
まあ、マニア向けなので、反省はしていません。
お凜様の萌力による効能は、作者の民富田智明が13年にも及ぶ実践修行により証明済みです。←

ポケットティッシュの制作を思い立ったのは、下ネタでもなんでもなく、鼻水、鼻血やその他怪我の止血などの対策の実用品として、印刷費が10,000円以下で済むので安かったからです。
最低ロットが1000個の業者が多いので、ダンボール1個分の在庫を抱えるリスクはありますが、10個詰め100組で販売することを考えると、理論上は、人口1億2千万人のうち、120万人に1人のマニアが買ってくれれば完売できることになります。
特に、埼玉県を拠点とするご当地キャラクターブランドとしては、埼玉県内に信者を獲得したいという想いが強いので、埼玉県民730万人のうち、7万3千人に1人のマニアが買ってくれれば完売できることになります。
ポケットティッシュは、昼でも夜(!)でも使える衛生用品として優秀なので、グッズとして手堅いと思いました。

万人受けを狙ったブランドはコアユーザーがつかないので、かえって売れにくいという説があります。
むしろ、一部の人には熱狂的に支持されるという、賛否両論を巻き起こすようなブランドの方がマーケティングとしては強いそうです。
特に、キャラクタービジネスは趣味性の強い分野なので、同じキャラクターの評価であっても、好きな人には大当たりだけれども、嫌いな人には大外れという二極化が激しいです。
「鬼神童女遊侠伝」シリーズは明確に「萌え」の効果を狙ったヒロインものなので、どうしてもその根底には「性的嗜好」が関わっています。
なので、本当の意味で「鬼神童女遊侠伝」シリーズの魅力が理解できる人は、作り手である民富田智明と似たような趣味を持つ人ということになります。

「日本の宗教や民俗に関心が強い歴史愛好家で、時代劇が好きで、ロリコン傾向の強い萌えオタ」

というところまで信者層を絞り込めば、その層に特化した企画に注力できます。

 

今後のグッズ制作の計画としては、

化粧品類として袋詰めの入浴剤、
布製品としてフェイスタオル、
食器としてマグカップ、
玩具としてぬいぐるみ

このあたりを資金と相談しながら実現したいです。

ホリエモンが提唱する儲かるビジネスとして「小資本で在庫を持たないビジネス」がありますが、現実的には、何の設備投資も在庫も抱えない商売なんて世の中少ないでしょう。
理想論でしかないと思います。

キャラクタービジネスは、本質的には関連グッズを売る物販なので、在庫を抱えるリスクは背負う覚悟が必要です。
自己資金でやっていれば、失敗して大損するのは自分だけなので、借金の返済に困って自己破産することもありません。
ラインナップを増やすことはキャラクタービジネスの至上命題ですから、財政的に無理のない程度にチマチマと企画開発を続けていきます。

「鬼神童女遊侠伝」シリーズの製作総指揮(Executive Producer)は民富田智明自身なので、私の暴走を止められるものは、神以外の誰もいませんよ。

公式作品の委託販売と成人向けエログロ表現の模索

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

代表ったってまだ一人も会員がいませんので、結社の体を成していませんけどね。
事務局も自宅の自分の部屋なので、ネットがなければひきこもりと大して変わらないです。
学生時代の友人は地元の函館に帰ってしまったので、話し相手は家族だけで、就職してからの方がコミュ障に拍車がかかってしまいました。
職場では、色々な意味で緊張感を持つ必要があるので、自然体ではいられないですし。
職場にいる私は本当の私ではありません。

自宅運営のクリエイターは、本当に孤独との戦いですね……。

さて、以上のように閑古鳥が鳴き続ける当結社ですが、次なる戦略として、公式作品の委託販売による自動収益化を考えています。

学生時代、ネットショップの独自運営がおぼつかないので、一時的に委託販売に転向したときがあったのですが、ちょぼちょぼっとだけではありますが、どこかの誰かが作品を買ってくれたという実績があります。
委託業者の最低支払金額に達していないので、売上金はいまだに回収できていないのですが、誰かが買ってくれたという手ごたえは重要です。
誰かが買ってくれたということは、欲しがる人がいたということなので。

現状で、直営ネットショップが閑古鳥ですから、独自の集客戦略と並行して、委託販売による流通路拡大を図ります。
もしかすると、個人情報を直接取得されたくないという消費者意識が邪魔している場合も考えられるので、委託手数料を取られるにしても、委託販売業者を仲介することが正解となるかもしれません。
あくまでも仮説ですが。

 

あと、想定する信者層を少し修正する必要も感じています。
当結社は、基本的には女の子に興味を持ち始めた思春期前後の10代の青少年を信者層に想定しています。
けれども、今時の青少年はスマホ世代な上に、自宅で共用のパソコンを使わない人も増えているというので、パソコンを使うことを前提としている当結社の提供方法では対応できません。
また、今時の青少年は無料コンテンツに慣れすぎてしまっていて、「なんでもタダが当然!」と平気で言いだすほどに、お金を払って作品を買うという習慣が崩壊してしまっています。
なので、青少年向け作品という体裁を保ちつつも、大学生以上でパソコンを所有している大きいお友達を相手にした方が賢明かと。
大きいお友達向けに注力するならば、18禁にならない程度に、もう少し趣味に走った過激な描写も試せますし。
子供向けの純粋な童話も、大人向けのエログロ童話も同時に許容するのが、「鬼神童女遊侠伝」シリーズの自由なところです。
青少年向けは照れ隠しで、本音はロリコン向けなので、もう少し正直になることも必要なのかもしれません。

間違ったロリコンは性犯罪者一直線ですが、正しいロリコンは芸術の域にも達するのです。
宮崎駿先生を筆頭に、歴史上、表現者にロリコンは多いのです。
青少年向け作品という口実があれば、ロリコン趣味だって、「年相応のヒロイン」という大義名分ができるので、好都合なわけです。
これぞ、心理学でいう「昇華」という防衛機制ですよ。

自分の秘めたる性的嗜好や他者の性的嗜好に対して、偏見を拭い去って、真面目に考えることができるようになったのは、落ちこぼれなりに心理学科に進んだことの良い効果だと思います。
少女愛も、少年愛も、同性愛も、心理学の世界では真っ正面から研究されていますので、「ある日、ロリコンであることに気付いてしまった自分」という心の葛藤に向き合いやすい環境でした。
「鬼神童女遊侠伝」シリーズを始めた時だって、偏見による迫害を恐れて真剣に悩んでいましたから。
未だに自分の作品について対面で話す時にオドオドしがちなのは、やはり恐れがあるからだと思います。
そういう偏見への反動から、性教育娯楽活劇「生娘を狩る大狸」につながったのです。
安易なエロとは違うのです。

まあ、商業的な側面と心理的な側面の両面から考えると、大学生以上を狙った作品を強化していくのも戦略なのではないかと考えています。