年末年始に色々と本を物色してきた

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

年末年始で、新しく色々と本を物色してきました。

「修験道 その歴史と修行」宮家準 講談社学術文庫

「魔の系譜」谷川健一 講談社学術文庫

「憑霊信仰論」小松和彦 講談社学術文庫

「【新版】日本の民話57 埼玉の民話」根津富夫編 未來社

「怪異伝承譚――やま・かわぬま・うみ・つなみ――」大島廣志編 アーツアンドクラフツ

「コンテンツツーリズム入門」コンテンツツーリズム学会,増渕敏行,溝尾良隆,安田亘宏,中村忠司,橋本英重,岩崎達也,吉口克利,浅田ますみ 古今書院

「図解 最新 不動産の法律と手続きがわかる事典」木島康雄監修 三修社

「すぐに役立つ 知っておきたい! 図解 最新 建築基準法と消防法のしくみ」佐久間悠監修 三修社

「すぐに役立つ 入門図解 最新 アパート・マンション・民泊経営をめぐる法律と税務」北川ワタル,服部真和監修 三修社

例によって民俗学系の本を5冊と、将来の根本聖地建設の夢を見据えたコンテンツツーリズムの入門書と不動産の入門書を買ってきました。

年末年始にして本代に15,000円ほどつぎ込んだので、しばらくは買った本の消化に意識を集中します。

今回、不動産の入門書に手を出したのは、自分の家を建てるときに役立つからというのが大きいですが、私にとって、自分の家を建てるということは、鬼姫狂総本部事務局と鬼姫神社を建てることと同じなので、不動産の勉強は欠かせないわけです。

世の中、自宅営業ほど合理的な商売の方法はないので、自宅そのものを聖地巡礼のために収益物件化してしまう計画です。
事務局兼神社兼宿坊兼資料館という、鬼姫狂総本部のすべてを自宅併設で詰め込んでしまえば、その建物と土地さえ維持できれば十分に機能します。

どんなスケールになるのかは未知数ですが、そこは、お金などの現実に照らしてどうにでもすればいいのです。

今でこそ巨大な寺社だって、初めから大きかったわけでもなく、小さかった時代もあるのです。
だから、鬼姫神社だって、庭先の小さな邸内社から始めてもいいのです。
宿坊だって、今では民泊という発想があります。
資料館だって、部屋の一室から始められます。

自宅の根本聖地化は宗教学や民俗学に関心のある創作活動家としては必然ともいえるので、どんなに小規模なものとなろうが、実現したいものです。

自分の生業を思う存分できるための城を持つ、それが自主独立というものです。

そこにたどり着くには、挑戦あるのみ。

壮大な夢に対する心の迷い

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

最近、自分の中に心の迷いが渦巻いていて、本当に自分の夢が正しい方向に進んでいるのかどうか、わからなくなっています。

心の赴くままに、「映像紙芝居」を原作とする世界観共有型の会員制創作市場の立ち上げを目指し、究極の到達点として根本聖地「鬼姫神社」の建立を目指そうとしました。

私自身が神社仏閣巡りが好きであり、宗教思想や世界観に惹かれることから発想した、非常に単純明快なものであります。

ただ、一方で、日本社会には宗教、特に新宗教への偏見が根強く、本当に「鬼姫神社」の建立が妥当なものであるのかどうかが、いささか不明であるというのが正直なところです。

とはいえ、伝統宗教も、その草創期には幾多もの偏見に直面していた新宗教であったのも歴史的事実です。
そうだとすれば、理解されないことに気を病んでいてはいけないということでしょう。

私が好んで閲覧しているウェブサイト「珍寺大道場」では、個人が心の赴くままに手造りしてしまった珍妙なお寺が紹介されています。
それに着想を得て、「鬼姫神社」の建立を鬼姫狂総本部の根本的な動機づけにしようと思ったのです。

私自身は、霊能者でもなんでもない凡人なので、「鬼姫神社」の宮司とはいっても、何か特別な力があるわけでもありません。
要は、田舎に隠遁して、「鬼姫神社」という作品を生み出したいという欲求なのです。
宿坊や宝物殿も、何も大それたものではなく、田舎の個人経営の観光施設程度の身の丈に合ったものが作れれば、それで構わないのです。

ホームページ上のイメージは、あくまでもイメージなので、あの通りになるなんてまったく思っていません。
おそらく、イメージの1%も再現できればましな方でしょう。
創造活動など、そんなものです。

「鬼姫神社」の建立による地域振興の経済効果も、実際のところは、本当にやってみないと分かりませんので、ただの机上の空論程度のものです。

ただ、生粋の神社仏閣好きとして、珍スポット好きとしては、新しい観光名所として「鬼姫神社」を立ち上げることで、有終の美を飾れればと、思っています。

土地とか、建物とか、固定資産税とか、色々と現実的な障壁はありますが、その部分は、その時になってから考えます。
すぐに実行できる夢ではないので。

とりあえずは、「鬼神童女遊侠伝」シリーズそのものを軌道に乗せるべく、毎日を精進していきます。

 

馬鹿な夢かもしれませんが、人生なんて、馬鹿なことをやったもん勝ちのような気もしています。
借金さえしなけりゃ、計画が途中で頓挫しようが何だろうが、どうとでもなりますし。

とはいえ、一直線に後も振り返らずに突き進んでいけるほど、私の心は晴れやかではありません。
常に立ち止まって、「本当にいけるのか」と、不安になり続ける毎日です。

まあ、本当に「鬼神童女遊侠伝」シリーズが無意味なものであれば、学生時代の唯一の友人が「今の流行がどうあれ、良いものは良いんだ」と励ましてくれることはなかったはずだし、映像紙芝居制作のためにネット声優さんが応募してくれることはなかったはずです。

だから、私自身が確固たる自信を持ち切れていないのが、迷いの根源である気がします。

そろそろ、自信を持っても良いのかもしれませんね。

学生時代の挫折した自作ゲームのドット絵が出てきた

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

作業フォルダの奥底から、とても懐かしいものが出てきました。

東京工芸大学芸術学部映像学科時代に、ゲーム制作に興味を持って、スーパーマリオ風の2Dアクションゲーム「鬼っ子凜ちゃんの冒険」(仮)を作ろうとして挫折したときのドット絵の残骸です。

右向き・立ち絵

右向き・歩行絵

右向き・しゃがみ絵

右向き・跳躍絵

左向き・立ち絵

左向き・歩行絵

左向き・しゃがみ絵

左向き・跳躍絵

うーん、今の目で見ても、初期のスーファミ風のドット絵で、なかなかかわいいかもしれない。

 

小学校の時、スーパーファミコンの「マリオワールド」や「悪魔城ドラキュラ」を狂ったようにやり込んでいて、その影響からか、ゲームといえば横スクロールアクションという認識がありました。
そのため、「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」のようなRPGにはあまり馴染みがなく、64やプレステなどの3D化されたゲームでも、「007ゴールデンアイ」や「バイオハザード」、「キングスフィールド」、「メタルギアソリッド」などのアクション要素の高いゲームばかり好んでいました。
友達と集まって遊ぶ時も、基本的には一貫して「ストリートファイター」などの格闘ゲーム三昧でした。

それで、少年時代に狂ったようにアクションゲームをやり込んでいれば、自分でも作りたくなってくるものです。

ましてやキャラクター性を前面に押し出したシナリオを書けるようになることを目指して、シリーズものを専門的に研究していましたから、自分のキャラクターでゲームを開発したいという欲求は、当然の成り行きなのです。

RPGや対戦格闘ゲームなども憧れますが、一番構造が単純で作りやすそうに思えたのが、2D横スクロールアクションゲームだったのです。

しかし、実際に挑戦してみて、すぐに「無謀」の文字が脳裏に浮かびました。

なんせ、主人公のドット絵を一通り描き上げるだけでも血反吐を吐くような地味な苦行の連続で、それだけでも燃え尽きそうでした。
その上、敵キャラクターのドット絵を量産しなくてはならないのです。

挙句の果てには、未知の領域であるプログラミングの壁があるのです。

結局、大学3年の夏休み全部を費やしても基本操作すらまともにプログラムが組めなかったので、時間を浪費してる感しかなくてモチベーションが維持できず、途中で放棄して諦めました。

よく考えたら、「ゲームウォッチ」のような黎明期の原始的なゲームだって、当時の技術者が頭をこねくり回してやっと実現できたようなものなので、プログラミングのプの字もないようなド素人が、マリオ並みのゲームなんて作れるわけがないのです。

ゲームで遊ぶのとゲームを作るのとでは、大きな差があるということを身にしみて理解できた失敗経験です。

世間では、クソゲー、クソゲ―といって、出来の悪いゲームをくそみそに叩くことを平気でしますが、クソゲーの足元にも及ばない自分を知ると、そのクソゲーすらも偉大に思えてくるようになりました。

生みの苦しみを理解すると、好みの問題はあるにせよ、他人の作品も簡単に叩けなくなってくるんですよね。
寛容の精神を持てるというんですかね。

こうして、私の人生初めてのゲーム制作の計画は頓挫した訳ですが、今でも、「鬼神童女遊侠伝」シリーズのゲーム化の野心は持ち続けています。
創作師として加盟したゲームサークルさんが二次創作ゲームを作るのを推奨するのもそうですが、公式企画としてもいつかは成し遂げたいという気持ちはあります。
だから、そのいつかのために、独自のゲーム企画を何個か水面下で構想し続けています。

 

自分でゲーム制作に挫折して、どうして同人ゲーム界隈にサウンドノベルばかり多いのか理由がわかりました。
みんな、普通に学校生活をやっているだけではプログラミングなんてできないので、サウンドノベルくらいしかやれないんですよ。

プログラミングのいらないノベルゲーム制作専用のフリーソフトもあるので、それでノベルゲームが普及しているのでしょう。

私が映像学科時代からホームページ経由でつながっていた、同い年でかつ色々と同じ匂いのする鳥取の谷山龍氏(ルドルフ227氏)も、サウンドノベル「妖鬼海産都市ユメミナト」をほぼ一人で5年くらいかけて作り上げていますしね。
「NHKにようこそ」の主人公が友人とひきこもってエロゲ作りをしているという設定に感化されて、プログラミングができないから絵と話があればできるサウンドノベルなら……という、見切り発車な制作動機も、本人が公表していますし。

私が大学2年の頃には谷山氏がサウンドノベル制作を始めていたので、それに感化されてゲーム作りに興味を持ったという流れです。

ただ、私は、根っからのアクションゲーマーだったので、サウンドノベルというジャンル自体に興味がなかったので、好きじゃないことをやっても面白くならないから手を出さなかったのですが。

それで、ゲーム作りに頓挫したので、「秘密結社鷹の爪」に感化されてフラッシュアニメーションを作ろうとして投げ出してみたり、色々と試しては諦めてきて、最後に行き着いたのが映像紙芝居という発想でした。

映像作品の利点は、見ていれば所定の時間で必ず終わるという部分です。

谷山氏の「妖鬼海産都市ユメミナト」の内容自体を否定する意味ではないのですが、サウンドノベル自体の特性として、活字を追い続けるだけに、時間ばかりかかって進めるのがかったるいんですよ。
暇な人ならばいいのですが、大学でレポートやったり、資格試験の勉強をしたり、自分の作品に取り組んだり、将来のことで思い悩んだりしている中では、延々と続く文字の羅列が、正直な話、かなりしんどいのです。
どうしたって、自分の学業、自分の生活、自分の創作活動が優先になりますから、映画やアニメのような、30分、60分、90分、120分など、時間になれば終わる作品の方がお手軽でよかったのです。

谷山氏の「妖鬼海産都市ユメミナト」が完成したのが、私が再受験して明治学院に進んだ2010年であり、鬼姫狂総本部の創設のために、映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝」シリーズの構想をサイト上で発表した年であります。
長編映像紙芝居「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」が完成して文化庁メディア芸術祭に出品したのが2016年なので、名刺代わりの長編を完成させるのに費やした期間はほぼ同じです。

しかし、「鬼神童女遊侠伝/生娘を狩る大狸」は、6年もの歳月を費やしながらも、完成尺にして約47分です。
ほぼ、大河ドラマ1話分です。
血反吐吐いて作っておきながら、見るだけなら何も考えずにパーッと見れちゃうものなのです。

これは、子供でも楽しめるものというテーマだからというだけでなく、生活の中で娯楽のために苦行させる必要はないという考えからです。

苦行するのは、作者だけでいいのです。

谷山氏の「妖鬼海産都市ユメミナト」も、実は冒頭で止まったまま積読状態なので、進めなきゃなとは思うのですが……。
その後に作った自主映画「現代妖怪伝」は気楽に見れるのでお気に入りなのですがね。
(「現代妖怪伝」のDVDがあれば買いますよ!)

まあ、谷山氏の「妖鬼海産都市ユメミナト」が、内容自体が妖怪バトル物で、「鬼神童女遊侠伝」と近い部分があって興味深いのですが、心理学科時代も色々なことに追われて手が止まり、ネットで交流がある人の作品なのに長らく積読になってしまったという実体験があったのです。

それで、日本で唯一の映像紙芝居作家を自称して、映像紙芝居の確立を目指すことにしたのです。

 

自作ゲームの残骸が発掘されたことから、学生時代の色々な葛藤を思い出していますが、映像紙芝居の発想には、すぐにはたどり着かなかったのです。
映像紙芝居は、ないない尽くしの中でどうやって名刺代わりの一本を作るかという模索の中で導いた、本当に苦肉の策でした。
19歳に生み出したキャラクターが主役の長編作品をやっと完成させたのが30歳という……。

20歳前後で夢が叶わなかったら諦めろというような、早咲きを煽る日本の風潮の中で、ですからね。

31歳になっても、夢を叶えるどころか芽すら出ていないのですが、だからこそ、20歳前後で夢を諦めろという風潮を打ち壊したいと思っていますし、そんなものは壊すべきなんですよ。
若者に覇気がない、冷めてると、上から目線で若者が批判されますが、こんな夢を潰す風潮しかなければ、誰だって諦めモードになって当然です。

生みの苦しみを心底理解しているからこそ、創作をしたいけれども何を作ればいいのかわからなくて悩む人のきっかけとして、シェアワールドコンテンツである空想時代劇「鬼神童女遊侠伝」シリーズを使ってもらいたいと思っています。

絵が下手でもいい、物語が下手でもいい、志があれば、キャラクターを好きになってくれれば、誰でも等しく同志として歓迎しますので。
キャラクターは神様なので、キャラクターの信者になった方には、一生分の以上のご利益を保障しますよ。
その代わり、会費制、独立採算制、完全成果主義ですけど。

 

谷山氏の「妖鬼海産都市ユメミナト」には5年ほど先を越されてしまっていますが、私の「鬼神童女遊侠伝」だって青少年向け映像紙芝居として面白いんだという確固たる思いがありますので、負けずに奮闘していきます。

「妖鬼海産都市ユメミナト」の書籍版を買って読もうかしら。
パソコンなしで読めるので、サウンドノベルよりもはかどりそう。

数年前に谷山氏が地元でアートスペースとしてお店を開いた(テナント料とかどうなってんだろ?)ので、一度直に行ってお会いしたいと思い続けているんですけど、なんせ鳥取の境港なので、飛行機必須で旅費が……。

なんにせよ、境港訪問までには、事前に「妖鬼海産都市ユメミナト」を読んでおきたいです。

というより、創作師として鳥取編をやってくれたら、リアルでも一生の付き合いにできそうなのですがね。

こればっかりは、学生時代から色々と交流をしていた私の勝手な願望なのですが。

 

「鬼神童女遊侠伝」は、ゲームという形でこそ完成させられませんでしたが、今回公開したドット絵は、色々な試行錯誤の産物という意味では、間違いなく大切な原点といえるでしょう。
ですので、捨てずに保存しておこうと思います。