「鬼神童女遊侠伝」実写映画化のために、独学で創作武術の研究をします

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

先日、ユーチューブで各地のご当地ヒーローの動画やアクション系の自主制作映画を見ていて、無性に「実写映画やりてえええええ!」と、映画制作への想いが再燃しまして、「鬼神童女遊侠伝」シリーズの新規企画として、実写映画化を正式に公表しました。

で、当結社の直属のアクションチームの発足のために、出演者募集告知をしました。

自主映画なんて映像学科の課題以来で10年くらいブランクがありますし、何のつてもない中で公募して、本当にうまく人が集まるのかどうか、まったく予測がつかないというのが本当のところです。

ましてや、主役のお凜様を演じてくれる女の子が見つかるのかどうか、わかりません。

スーパーヒロインアクションなので、女の子不在ではどうにもならないのです。

全然売れてもいない無名ブランドなのに、「実写映画をやりたい」という一心だけで企画を立ち上げてしまうという、年甲斐もない無茶なパッションでございます。

 

しかし、「鬼神童女遊侠伝」シリーズを実写化するとはいえ、そもそもアクションシーンをやるためには殺陣を習得しないと話にもなりません。
私は創作畑出身で、本格的な演劇経験もなければ、ましてや武道経験なんてありません。
演技も武道もずぶの素人な私がアクションチームを発足しようというのですから、最低限の準備なしには説得力もくそもありません。

なので、発起人の責務として、殺陣の研究をすることは当たり前のことだと思い、殺陣の基礎知識となる「空手」と「柔道」と「剣道」の教本を買ってきました。
あと、通販で薙刀と大刀と短刀の木刀3本セットを備品として注文しました。
色々な格闘術に関心はあるのですが、素手での格闘と、大小刀剣での格闘が日本式の殺陣の基礎だと思うので、教本を片手に独学で研究しようと思います。

本当はちゃんとした武術道場に入門すべきなのかもしれませんが、必ずしも土日休みとは限らないため、なかなか都合がつかなくて習いごとに行けずに悩んでいたので、開き直って休みの日に独学し、殺陣の型そのものを独自開発してしまおうと思いました。

「鬼神童女遊侠伝」シリーズはあくまでもファンタジーなので、実在する武道武術の型にあてはめて殺陣を組む必要などまったくありません。
そもそも、「武州鬼姫信仰」という民俗信仰を描いたものであり、「鬼姫山三神」という人知を超えた神様の物語です。
悪役も「妖賊」という徒党を組んだ妖怪変化であって、超自然的な異界の住人なのです。
だから、人間が理論化して確立した武道武術の型など、もはや関係のない戦いを描くのです。
人間が決めた流派など、気にしなくてもよいのです。

そうであれば、「日本空手道ではこんな構え方はあり得ない」とか、「日本柔道ではこんな投げ方はしない」とか、「日本剣道ではこんな斬り方はしない」とか、「日本舞踊ではこんな踊り方しない」といった、一つの流派の考え方に過ぎない批判は受け流せることになります。

「鬼姫山三神」には独自の武術があり、「妖賊」にも独自の喧嘩殺法があるのです。

そのような、どこの流派のものでもない独自の創作武術を確立するのが、「鬼神童女遊侠伝」シリーズの生みの親である私の役割なのだと思います。

あくまでもお芝居のための武術なので、武術大会に出場するのを目指すわけでもないし、暴漢相手の実戦で勝つことを目指すわけでもありません。
演技として戦っているように見えればそれで十分なので、格闘技の心得のない私でも研究と指導はできるはずです。

幼い頃から、見えない敵と戦い続けていますから、それをもっと本格的にやった共同幻想こそが殺陣の技術なのですよ。

鬼姫流武術をはじめとする創作武術の確立のため、ちまちまと研究を続けていきます。

 

原作者が率先して行動しないと、誰もついてきてくれません。

何でもやらないといけない自主制作映画なので、「私は裏方に徹します」などと言える環境にないのです。
殺陣の技術開発も、演出のうちなのです。

教本代と模擬刀代で3万円近くかかりましたが、一度買えばずっと使えるので、安いものです。
創作武術の型稽古で体力作りにもなりますし。

実家に物干し場として屋上のような構造があるので、薙刀のような長物を振り回しても壁や屋根を傷つけないので好都合です。
実家にいれる間は、自分だけの稽古場として有効活用します。

30超えて、まさか「見えない敵と戦う」ことが日課になる時が来るとは思いもしませんでしたが。

 

映画制作のためのアクションチーム発足の告知をしたからといって、すぐにヒロインやスーツアクターが発掘できるとは限りませんが、自分だけでも型稽古くらいはできるので、研究を続けていきます。

「鬼神童女遊侠伝」を実写映画化するには

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

いま、空想時代劇「鬼神童女遊侠伝/わらべを喰らう猫女」の原作絵本の企画が進んでいるのですが、無性に「鬼神童女遊侠伝」の実写映画化をしたくてたまりません。

もともと私は生粋の映画少年でしたし、自主制作映画の世界に興味を持って映像作家を志したこともあって、今でも映画制作への想いを諦めたわけではありません。

ただ、お金とか、人脈とか、色々な事情から映画化を保留し続けていて、くすぶり続けているのが本当のところです。

ユーチューブには、各地方のローカルヒーローの動画が投稿されていて、学生時代から影響を受けています。

何を隠そう、私が「鬼神童女遊侠伝」シリーズを始めたきっかけは、ローカルヒーローを生み出したいという想いを抱いたことにあるのです。

ただ、よくあるローカルヒーローは、「戦隊」や「仮面ライダー」の影響をもろに受けた、完全な変身ヒーローのパロディであり、どれも似たり寄ったりな印象を受けていました。
だから、今更新しく変身ヒーローをやったところで埋もれるだけですし、そもそも有名作品をまんまパクっただけなので、そこに新規性はないわけです。

そこで、私は「変身」というギミックをあえて禁じ手にし、生身で活躍する変身しないローカルヒーローを目指そうと思いました。

それが、色々な試行錯誤を経て、スーパーヒロインアクション「鬼神童女遊侠伝」シリーズになっていったのです。

だから、「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、実写映画化を初めから意識した企画になっています。

お凜様の衣装デザインが現実の風俗に照らして違和感のないようにしているのも、漫画やアニメを実写化した時の、学芸会のお遊戯以下のひどいコスプレごっこになることを回避するためです。
お凜様の特徴である二本角は、絵では目立たせるために黄色く塗っていますが、実際には、もっと本当に生えている感じの、実在する動物の角に近い質感を想定しています。

牙吉や飛丸の真の姿が獣頭人身や鳥頭人身であったりするのは、本物の犬や烏を使うわけにはいかないので、実写版ではスーツアクターによる着ぐるみで演じられるようにするための設定付けです。
つまり、二次元ではかわいい動物型でいる牙吉と飛丸の本気モードは実写版なのです。

「鬼神童女遊侠伝」シリーズは、初めから実写化を想定しているので、日本の時代劇や特撮ヒーロー番組の作風が頭に焼き付いている人であれば、私の頭の中がどうなっているのかはよくわかると思います。

そういうノリの映画を生み出したいのです。

 

問題は、衣装や小道具を制作するお金と、役者さんの確保です。

最初のうちは、ほんの短い学生映画に毛が生えた程度の規模でも構わないのですが、衣装と小道具と役者がいないと映画は作れません。
牙吉と飛丸は、予算の都合で出演させずにお留守番させたとしても、主役のお凜様だけは絶対に必要です。
悪役は怪人なので中の人のルックスは問われませんが、お凜様は顔出しなので、相応のルックスは要求されます。

かわいくてかっこいい、チャンバラもカンフーもドンパチも対応できる、お凜様を演じることができるスーパーアイドルを発掘できないことには、「鬼神童女遊侠伝」の実写化は難しいです。

自主映画をやるくらいの最低限の撮影機材と編集環境はあるので、衣装、小道具、役者をどうそろえるかというのが問題なのですね。

地元狭山市で、自主映画に興味のある役者志望の有志を募集して、ゼロからヒロインとスーツアクターによるアクションチームを発足するということも考えにはありますが、できるかどうか。

HSK3級の成績照会をしたら合格していました

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

6月10日に國學院大學で受験したHSK3級(中国政府公認の世界統一基準による中国語検定試験)の成績照会が一か月後の7月以降できるようになっていたので、おそるおそる照会してみました。

照会の結果、300点満点中214点で、合格ライン6割の180点を越えていたので、合格判定が出ていました。

具体的には、聴解64点、読解83点、書写68点で、三部門どれもがバランスよく6割越えで、考えようによってはギリギリ合格という感じです。

外国語アレルギーの強い日本人なので、聴解は始めからあまり期待しないで、勉強さえすれば何とかなる読解と書写に力を入れたのですが、初めて見る問題で満点狙いというのはなかなかうまくいかないので、わからなかった問題や失点もかなりありました。
聴解はもう全然ちんぷんかんぷんでわからなかったのですが、マークシートのくじ運だけで64点も取れたのだからツキが良かったですね。

HSKの合格という実績は、あくまでもペーパーテストでのものなので、実際に使える中国語力かどうかという指標にはなりません。
事実、私の中国語力は、ひよっこ程度のもので、一人で中国に行って生きて帰ってこれる自信などありません。
しかし、HSKというしかるべき試験団体(しかも中国政府公認)が「合格」という実績を証明してくれることになるので、自己申告の語学力よりは客観的判断基準になります。

一応、HSK3級は、単語量600、「生活・学習・仕事などの場面で基本的なコミュニケーションをとることができ、中国旅行の際にも大部分のことに対応できる」、大学の第二外国語における第二年度前期履修程度となっているのですが、大学の第二言語必修科目レベルを超えているので、ちゃんと対策をしないと落ちます。

3級に受かれば、次は4級の挑戦となるのですが、4級は単語量1200、「中国語を用いて広範囲の話題について会話ができ、中国語を母国語とする相手と比較的流暢にコミュニケーションをとることができる」、大学の第二外国語における第二年度後期履修程度となっていまして、短文の課題作文も出題されるので、3級の倍以上の難易度であるようです。

ここまでくると、いかに中国語にどっぷり浸かったかが勝負になってくるので、付け焼刃は利きません。

半年計画くらいでコツコツと対策して、4級合格に挑戦していきます。

自分が本当の地元民でないという事実と、ご当地時代劇への想い

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

今日の午前中、近所の写真館に行って、語学検定試験などに使う証明写真を作ってきました。
写真の出来上がりを待つ間、写真館で出版したという写真集を見せてもらいました。
写真集とは、写真館の先代の親父さんが撮りためた狭山市の風景ということで、戦時中などの貴重な記録写真でした。

この写真集を見ていて、自分がいかに生まれ育った地元のことを知らないのかという思いにかられました。

そう、私は、生粋の地元民の子供ではなく、東北出身者の父を持つ、あくまでもお上りさんの子供なのです。
地元に生まれ育って地元に住んでいますが、ご先祖様が地元にいたわけでもなく、地元のお祭りや言い伝えのこともまったくわかりません。
では、東北に自分のアイデンティティがあるのかといえばそんなことはなく、あくまでも自分は埼玉県民だと思っているのです。
東北なんて住んだことがないですから、方言もわからないですし、祖父母以上のルーツもまったくわかりません。
物心ついた頃には新興のニュータウンに住んでいましたから、「先祖代々の土地、先祖代々の生業」のようなものがありませんでした。
なので、「昔からの農家」「昔からの商家」というものに憧れがありました。

私が架空の民俗信仰「武州鬼姫信仰」を題材にした空想時代劇「鬼神童女遊侠伝」シリーズを立ち上げたのは、「子孫代々語り継げる何か」が欲しかったというのがあります。
よそ者の子とはいえ、埼玉に生まれ育った以上、私が見てきたものは埼玉の風景なのです。
山といえば秩父の山で、川といえば入間川で、荒野といえば広大な武蔵野なのです。
この埼玉にご先祖様はいないし、東北との縁もゆかりもなく、「よそ者としての心の故郷」が欲しかったのです。

埼玉県民は、日本一郷土愛が乏しいと言われています。
何故なら、そのほとんどが戦後に地方から移住してきた新参者であり、都内の会社に勤めるために住んでいるに過ぎないサラリーマン家庭が多いからです。
寝るためだけにベッドタウンで暮らしているので、地域との縁も何もなく、歴史も伝承もわからないのです。
何十年住んでも、本当の地元民とはかかわりのないよそ者であるという事実は否定できないのです。

私はよそ者です。
しかし、大多数の埼玉県民もよそ者です。
郷土の歴史、文化、習慣に無頓着であるということは、逆に言えば、古いしきたりにとらわれることなく、白紙の状態から新しい文化を生み出すことに強みがあります。

私は、「武州秩父の山岳信仰に結び付けた新しい昔話を作る」という目的のもと、「鬼姫山のお凜様」というご当地キャラクター(神様)を生み出しました。
これは、埼玉県入間地方から見える秩父のお山に、強く優しく美しい女の子の鬼が住んでいたら面白いかもしれないという素朴な気持ちから始まったものです。
入間地方から秩父山地までは実際にはだいぶ距離があり、狭山市民にとって山は登る対象ではなく、眺める対象なのです。
身近だけれども遠い存在としての秩父山地に、聖なるものとしての神秘性を感じざるを得なかったのです。
宗教や信仰というものを「胡散臭いもの、危険なもの」として軽んじる風潮のある現代に、新しい民俗信仰に基づく民間伝承を確立することを目指すのは、ひょっとするとその辺のカルトと同列に扱われるおそれもあります。
しかし、「先祖代々語り継がれた郷土の伝説、信仰」を持たないよそ者の子孫の寄せ集めである埼玉県民にとって、心の故郷となれる新しい民話を創造することは、文化的に意義のあることではないかと考えています。

埼玉県民はよそ者の集まりです。
転勤族も多いですし、一代限りで他県に引っ越すことも少なくありません。
そのような現状も踏まえて、「武州鬼姫信仰」は、秩父山地を神聖視し、入間地方を発祥地としつつ、日本全国に伝播することができる自由度があります。

お凜様は、北は北海道、南は沖縄、挙句の果てには異国の地まで、善良な子供たちの暮らしを守るために大活躍するのです。
秩父の山から、どこへでもひとっ飛びで駆けつけます。
その辺の適当なゆるキャラを駆逐するほどに、「メイド・イン・サイタマ」を前面に押して天下を目指すのが、武州総鎮守秩父鬼姫山三代目 花吹雪のお凜様の活躍を描く「鬼神童女遊侠伝」シリーズなのです。

よそ者の子だからこそ、埼玉県に、誰もが熱くなれる新しい伝説が欲しかったのです。

根本の世界観と原作は完成させました。
あとは、この共同幻想に乗ってくれる同志を探す努力を続けるだけです。

布教活動、これが一番大変で勇気のいる修行です。
親鸞といい、日蓮といい、歴史上、新しい何かを広める過程には無視や迫害がつきものです。
みんな、無名の一個人の熱狂から始まっているのです。

よそ者が始めた民間伝承を広めるのは、まさに体一つでぶつかっていく修行なのです。

私は生粋の地元民ではありません。
地元の歴史や風土は何もわかりません。
けれども、地元の文化を発展させたいという郷土愛だけは誰にも負けていないという確信があります。
あとは、私の志を世間様が認めるかどうかということだけなのです。

6月早々、ウイルス性胃腸炎にかかりました

どうも、同人結社創作信仰鬼姫狂総本部 代表の秋元惟史(作家名義・民富田智明)です。

ツイッターのつぶやきでも言及しましたが、6月早々、病に臥せりました。
ウイルス性胃腸炎だそうです。
世を忍ぶ仮の本業に従事中、昼頃からどうも体にだるさを感じ、夜に頭痛と寒気が襲ってきて、カバンに常備している体温計で熱を測ったところ、なんと38度を超えていました。
仕事中なので、常備薬を飲んでしのいだのですが、まったく熱が下がらず、体が震えるわ、ふらふらするわで、最悪な気分で帰りました。
不特定多数の人と密室に居合わせる職業なので、てっきり誰かから風邪をもらったのかと思っていたのですが、咳もなく、鼻水も鼻詰まりも喉の痛みもなく、むしろ、帰宅後にピーピーの水下痢が止まらなくなりました。
結果的に、風邪ではなく、ウイルス性胃腸炎が原因と分かりました。
食中毒ですよ、食中毒。
仕事柄、外食が多い生活なので、どこで食中毒をもらってきても不思議ではありません。
どこでもらってきたのかは判明しないので、泣き寝入りで安静にするしかないのですが、さすがに38度以上の高熱はきついです。
とにかく寝込むしかないです。
3日経ち、点滴と飲み薬で熱は治まりましたが、下痢はまだまだゆるゆるです。
人間は食べなければ生きていけないのに、食べたことで病気になるという、なんという理不尽な世の中なのでしょう。
ここ数日、流動食で、おかゆと具なし野菜スープしか食べていません。
肉や魚を食べたいという欲求が湧き出てきますが、下痢が治まるまでは我慢です。
しかし、どうせなら、このまま粗食を続けて余計なぜい肉を消化し、ダイエットしたいところです。